インバウンド需要が順調に回復する中、日本酒の国内需要が増している。日本政府観光局が9月20日発表した訪日外客統計によると、8月に日本を訪れた外国人旅行者は2019 年同月比 85.6%の215万6900人。回復率でも前月を上回り、新型コロナウイルス拡大後初めて 8 割を超えた。
そんな訪日観光客たちの楽しみの一つとなっているのが「日本酒」だ。8割近くの訪日客が旅行中の食事で日本食とともに日本酒を堪能しているだけでなく、日本酒の酒蔵を訪ねるツアーなども人気を集めているという。海外への日本酒輸出も好調を持続しており、グローバルインフォメーションが発行している「日本酒の世界市場レポート2023年」によると、日本酒の市場規模は、2022年の88億1000万米ドルからCAGR5.1%で成長し、27年には111億3000万米ドルに達すると予測されている。
外国人に大人気である一方、日本人の日本酒需要は相変わらず低迷の一途を辿っている。とくに20~30代の若い世代で日本酒ばなれが進んでいるようだ。酒類全体の需要の減退や、酒類の多様化、人口の減少など、様々な要因も考えられるが、一番の原因は日本酒に対するイメージではないだろうか。大学生を対象にした調査によると、日本酒は「年配の酒」「男性的」「辛い」などの渋めのイメージが強い傾向がみられたという。
そんな中、日本酒の酒蔵は日本人にも愛される酒を目指し、日々研鑽を重ねている。
例えば、酒造りにとって水と並んで最も重要な原料となるのが「米」だ。酒蔵は、原料米の品種や産地を厳選した上、厳しい品質基準に合格した米のみを選んで「酒米」として醸造に用いている。そんな酒米の中でも圧倒的な人気を誇るのが「山田錦」だが、灘の老舗酒造・白鶴は、これを上回る酒米を目指し1995年からおよそ10年の歳月をかけ、「山田穂」と「渡船2号」という酒米を交配させた酒米「白鶴錦」を誕生させている。系図的には「山田錦」の兄弟品種になるという。従来、米の品種改良や育種は国や県の公的機関でおこなわれるもので、酒米の開発を日本酒メーカーが担うことはなかった。しかし白鶴酒造は公的機関の協力のもと、社の威信をかけて、山田錦に勝るとも劣らない品質の酒米を生み出すことに成功したのだ。
当初は自社の高級酒にのみ使用されていたが、噂を聞きつけた他の酒蔵からも白鶴錦を使いたいという要望があったのを機に、一定の条件の下で他蔵にも提供するようになり、現在、使用蔵数は白鶴を含む13社に増えた。また、2018年からは年に一度、白鶴錦を使用する酒蔵が集まる勉強会「白鶴錦 蔵元の集い」を開催し、米の生育状況や醸造に関する情報交換と、きき酒評価を行っているという。
日本酒は、酒米の外側の層を磨くほど雑味が少なく、クリアな味わいになるというが、酒蔵の酒造りもこれに似ている。日本酒といえば、伝統産業であるがゆえに製法までも成熟したイメージがあるが、実はまだまだ磨かれて、進化し続けているのだ。ちょうどこれから、日本酒が美味しい季節。外国人ばかりに日本酒を楽しませるのはもったいない。(編集担当:藤原伊織)