賃上げ時代に増える「人件費要因」の倒産 中小企業が直面する価格転嫁の壁

2026年07月08日 12:35

今回のニュースのポイント

帝国データバンクの調査によると、2026年上半期(1〜6月)の「物価高(インフレ)倒産」は556件に達し、半期ベースとして2018年の集計開始以降で過去最多を更新しました。原材料や燃料価格の上昇が引き続き最大の要因となる一方、人手不足に伴う人材確保や待遇改善のための賃上げによる人件費増加を背景とした倒産も145件と過去最多を記録しています。物価上昇に負けない所得向上の必要性が高まるなか、特に中小零細企業において、増加した多様なコストを適正に販売価格やサービス価格へ反映(価格転嫁)できるかどうかが、持続可能な経済の好循環を実現する上での重要な構造的課題となっています。

本文
 物価上昇を上回る所得の形成、個人消費の回復、そして日本経済の持続的な好循環の達成に向け、政府や経済界は企業に対して力強い賃上げの継続を強く要請しています。働く側にとって生活を守るための給与引き上げが必要不可欠であることは言うまでもなく、企業にとっても深刻化する労働力不足の中で優秀な人材を確保し、事業を維持するための重要な成長戦略です。しかし、その一方で、国内の企業数の大半を占める中小零細企業を取り巻くコスト環境は、これまでにない多重の負荷に直面しています。単に「賃上げを進めるべきか、否か」という二元論ではなく、生じたコストの負担を社会全体でどのように吸収し、適正な循環を形作っていくかという、インフレ時代における経済構造そのもののあり方が大きく問われています。

 帝国データバンクが発表した最新の動向調査によると、2026年上半期(1〜6月)における「物価高倒産」は556件にのぼり、前年同期の449件から23.8%の大幅増を記録しました。これは半期ベースの集計として2018年の開始以降、過去最多の数字となります。これまで企業経営を圧迫する中心的な外部要因であったのは、円安に伴う輸入物価の上昇や、原油・燃料、および各種原材料価格の高騰でした。実際に今回の要因別集計でも、鋼材や木材、食料品などの「原材料」を理由とした倒産が255件と全体の45.9%を占めており、コスト上昇の波が依然として収束していない実態が裏付けられています。これらの仕入れコストは企業努力のみで吸収できる限界をはるかに超えており、長引くコスト高が企業の体力を徐々に削り続けてきた背景があります。

 しかし、今回の統計において最も注目すべきなのは、原材料高やエネルギー高という従来の課題に加えて、人材確保や賃上げに伴う人件費増加を背景とした倒産が145件(前年同期比29.5%増)へと急増し、同じく過去最多を更新した点です。その背景をみると、人手不足が常態化するなかで、法定の最低賃金引き上げへの対応だけでなく、他社との人材獲得競争に勝つため、あるいは既存の従業員の離職を防ぐ(引き留める)ための待遇改善として、防衛的な賃上げに踏み切らざるを得ない企業の苦境が透けて見えます。人手不足社会において給与水準を引き上げること自体は避けて通れない合理的な判断ですが、問題は「原材料高からエネルギー高へ、さらに人手不足対応による人件費増へと多重に連なったコストを、自社の販売価格やサービス価格に適正に反映できているか」という、収益の回収構造にあります。

 長く続いたデフレ環境では、企業努力によるコスト削減や低価格維持が競争力とされてきました。しかし、原材料費や人件費など幅広いコストが上昇する現在の局面では、適切な価格転嫁ができなければ企業の収益力そのものが低下します。この「価格転嫁の壁」こそが、大企業と中小零細企業との間で深刻な二極化を生み出している核心の課題です。大企業では、高いブランド力や市場シェアを背景に価格転嫁を進めやすいケースもありますが、元請けや発注元との取引関係に縛られ、激しい競争環境に置かれている中小零細企業においては、「値上げを要求すれば競合他社に顧客を奪われるのではないか」という強い懸念から、正当な価格交渉すら満足に行えないケースが少なくありません。

 結果として、売上自体はあっても原材料高と人件費増の双方を自社内で無理に飲み込んだ末に利益だけが削り落とされ、事業継続を断念するケースが、建設業(151件)や小売業(118件)を中心に相次いでいます。

 このような軋みが発生している根底には、日本経済が長年続いてきたデフレ下で築き上げてしまった「安さ」を前提とするマクロモデルからの脱却の難しさがあります。消費者にとっては商品やサービスが「安い方が良い」ことは自然な心理であり、発注側企業にとっても調達コストを「安く抑えたい」というインセンティブが働きます。

 しかし、サプライチェーンの最下流に位置する中小企業が価格を引き上げられないまま、多様な複合的負荷に耐え続ける仕組みのままでは、持続可能な賃上げの原資が国内で健全に育まれるはずがありません。昨日公表された公共入札や行政契約における労務費の適切な転嫁を巡る議論と同様に、発注側企業や消費者が「適切なコスト上昇を受け入れ、社会全体で広く負担を分かち合う」という意識の転換がなければ、この構造的リスクの解消は困難です。

 物価高倒産の高水準な推移が示しているのは、賃上げの是非そのものではありません。働く人々の生活を支えて可処分所得を改善し、消費の力強い回復へ繋げるという「賃上げの必要性」は大前提でありつつ、その負担を個々の企業の自己責任や精神論に委ねるのには明確な限界があるという現実です。政府が進める所得向上政策、労働者が求める待遇改善、企業が直面する負担の限界、そして消費者が向き合うべき物価の適正化。これらすべての当事者のバランスを整え、インフレ時代に合致した持続可能な価格形成の仕組みを社会全体で再構築できるかどうかが、これからの日本経済の持続性を占う上での重要な判断軸となりそうです。 (編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)