政権の意に沿わない科学者排除姿勢は国益を害す

2020年11月15日 08:27

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政府や自民党は6人見送りについて「総理に拒否権がある」と主張し、10億円の税金投入には「日本学術会議の改革が急務」と訴える。

 菅内閣は日本学術会議の原点を曲げてはならない。今回、日本学術会議が会員推薦している6人の任命を見送った理由が安保法制や共謀罪、特定秘密保護法といった政府政策に人文科学分野の科学者として警鐘を鳴らしたことへの「科学者排除姿勢」としか見えない。その色彩が国会論戦の菅総理や加藤官房長官の答弁に見え始めている。

 政府や自民党は6人見送りについて「総理に拒否権がある」と主張し、10億円の税金投入には「日本学術会議の改革が急務」と訴える。しかし日本学術会議法の法規定の立て付けからは『総理に任命拒否権はない』。

 今回の問題の根本的なところの背景には2015年度に安倍政権下で防衛分野に役立つ研究開発・基礎研究を公募・委託する「安全保障技術の研究推進制度」がスタートし、2017年度に制度の拡充を図ったものの、同年、日本学術会議は大学における軍事研究に反対する声明を発表した。これを背景に、政府が期待したように応募は拡大せず、今年度も約95億円を予算計上しているが件数は少ない。学会声明が最大のブレーキになっていると考えられる。

 2019年度に新規採択された研究課題は大規模研究課題で8件、このうち大学は筑波大学1件にとどまった。小規模研究課題でも13件のうち、大学は大阪市立大学と安倍前総理の地元・山口大学の2件のみだった。

 防衛省は今年度から制度に採択された研究を含めて基礎研究の成果を防衛装備品の開発に繋げる橋渡し研究制度もスタートさせている。しかし、大学研究者からは防衛装備庁の関与には一層慎重な声もでている。

 岸信夫防衛大臣は10月27日の記者会見で「研究テーマに沿った先進的な民生技術についての基礎研究を公募するのが趣旨で、一つ一つの応募や研究計画は応募者の自由な発想、意思により行うものと考えている。予算執行という観点から、研究の進捗管理は必要と考え、防衛省職員により運営に関するサポート等については同様の取り組みをしているが、研究内容について介入するということではない」と記者団に語る。

 防衛白書では「制度が対象としている基礎研究については学会などでの幅広い議論に資するよう研究成果を全て公開できるなど、研究の自由を最大限尊重することが必要であり、研究成果の公表を制限することなく、防衛省が研究成果を特定秘密に指定することも、秘密を研究者に提供することもない」と学問の自由に関与することがない旨を記すとともに「学問の自由と学術の健全な発展を確保していることの周知に努める」としている。研究がそうした制度のもとで行われていることへの国民の理解を得ていくことがまず必要だ。

 また菅総理は日本学術会議推薦の6人を会員に任命し、政府として政治介入への一切の疑義を払しょくすることだ。

 このままでは安倍政権を引き継いだ菅政権と敵基地攻撃能力保有や大学機関での軍事研究を進めたい自民党が日本学術会議の体質を変えようとしているようにさえ受け取られるだろう。

 戦前、学術会議の前身・学術研究会議の会員選考が推薦制から文部大臣の任命制に変えられたことにより独立性を失っていった経緯がある。菅総理の今回の任命拒否理由が(拒否権がないにもかかわらず)「総合的・俯瞰的活動を保障する観点から(任命見送りを)判断した」と答弁し、「日本学術会議の推薦通りに任命しなければならないわけではない、ということは内閣法制局の了解を得ている。これは政府の一貫した考えだ」と正当化しようとした。

 しかし了解を得たのは2年前(2018年11月15日)で、国会にも、日本学術会議会長にも知らされていなかった「秘密裡」のもので、国民の信頼を裏切る行為だ。最も安倍政権での行為だが。

 また日本学術会議会員を選挙制から推薦制に変える際、当時の中曽根康弘総理が「政府が行うのは形式的任命にすぎない」(1983年)と政治介入の余地をつくらないことを国会で答弁し、国民に約束したにもかかわらず、菅政権は40年も前のこととし、総理の国会答弁さえ守らない背信行為を平然と行っている。

 このように法の安定性を棄損し、国会答弁も守らない政府に「政府を信用しろ」と言われて信頼できるだろうか。菅内閣には、今回の問題で大きく棄損した政府への信頼を、6人を任命することでまず回復させていただきたい。

 同時に、民間研究者を日本学術会議にとの総理の考えは改めていただきたい。この件に関しては前川喜平前文部科学事務次官の指摘通りだと考える。

 前川氏は「学術の目的は経済的価値の追求ではなく、学問的価値=真理の追究だ。民間研究者は科学技術イノベーション会議に居れば良い。文部科学省に科学技術・学術政策局、科学技術・学術審議会、科学技術・学術政策研究所があるのは学術と科学技術が別物だからだ」と説明し「学術会議に民間研究者を増やす必要はない」と結論付けている。菅総理には真摯に耳を傾け、過ちは軽度のうちに修正する勇気を強く期待したい。(編集担当:森高龍二)