昔からよく「病は気から」というが、それは本当だった。実は神経系が免疫系に対して何らかの調節作用を有していることは古くから指摘されている。事実、リンパ節をはじめ免疫反応の場であるリンパ器官には神経が投射しており、免疫反応の担い手である免疫細胞には神経からの入力を受け取る神経伝達物質受容体が発現しているという。しかし、神経系からのインプットがどのようにして免疫系からのアウトプットに変換されるのか、その分子レベルでのメカニズムは現在でもなお十分に理解されていなかった。
大阪大学 免疫学フロンティア研究センターの鈴木一博准教授らの研究グループは、交感神経から分泌される神経伝達物質ノルアドレナリンが、β2アドレナリン受容体を介してリンパ球の体内動態を制御する仕組みを分子レベルで解明し、このメカニズムが炎症性疾患の病態にも関わることを突き止めたと発表した。今回の研究によって、交感神経が免疫を調節する分子メカニズムの一端が明らかになったという。
この研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 研究領域:「炎症の慢性化機構の解明と制御」(研究総括:高津 聖志 富山県薬事研究所 所長)、研究課題名:「慢性炎症における免疫細胞動態の神経性制御機構の解明」、研究者:鈴木一博(大阪大学 免疫学フロンティア研究センター准教授)の一環として行われた。
今回の研究によって、交感神経からの入力がβ2アドレナリン受容体とケモカイン受容体のクロストークを介してリンパ球の体内動態を制御することが明らかになり、さらにこのメカニズムが炎症性疾患の病態にも関与することが示された。しかし今回の結果は、ストレスが加わることによって交感神経が興奮すると、炎症性疾患の症状が「良くなる」ことを示唆しており、ストレスが健康に悪影響を及ぼすという一般的な考え方からすると逆説的な印象を受ける。
免疫の本来の役割は病原体の感染から我々のからだを守ることだが、免疫反応が過剰に起こってしまった結果が炎症性疾患だ。つまり免疫は、我々のからだにとって良い方向にも悪い方向にも作用する「もろ刃の剣」なのだという。研究グループの研究は、ある種の炎症性疾患では、交感神経が興奮しβ2アドレナリン受容体が刺激されると炎症を起こすリンパ球が炎症部位に到達できなくなり、炎症が鎮静化に向かうことを示唆しているとしている。
これを我々のからだに病原体が侵入した場合に置きかえてみると、炎症性疾患で炎症の誘導に関わっていたリンパ球は、感染症という局面では病原体の排除にはたらく有益なリンパ球であり、それらが病原体の侵入部位に到達できなくなることは、病原体の排除を妨げ、感染症の治癒を遅らせることにつながらない。したがって、今回の研究で明らかになった交感神経によるリンパ球の体内動態の制御は、ストレスが加わった際に感染防御という免疫の本来の機能が損なわれる、つまり「ストレスによって免疫力が低下する」ことの一因となる可能性があるとしている。(編集担当:慶尾六郎)