海外からの訪日客がコロナ禍以前を上回る勢いで急増している。日本政府観光局(JNTO)が11月15日に発表した10月の訪日外客数の推計値を見ると、2019年同月比で0.8%増となる251万6500人を記録しており、新型コロナウイルスによるパンデミック以降初めて、19年同月の数値を上回った。円安も追い風となり、しばらくの間はインバウンド景気が続きそうだ。
訪日外国人の増加は、旅行業界はもちろんのこと、様々な業界に影響を及ぼしている。彼らの多くは日本の文化を共有したがっているが、年代層によって求めるものや訪れる場所は若干、違っているようだ。
若い世代の訪日客はゲームセンターなどのアミューズメント施設などでよく見かける。彼らの目的は、クレーンゲームでしか手に入らないアニメキャラクター等の関連グッズを獲得することだ。また、若い世代には寿司よりもラーメンが人気なのだという。観光庁の「訪日外国人の消費動向 平成 29 年 年次報告書」によると、「最も満足した飲食」の1位は「ラーメン」で、寿司の得票率が19.8%を抑える20.2%を獲得している。有名ラーメンチェン店の「一蘭」や「一風堂」の海外展開の成功の影響も大きいのだろう。ちなみに欧米人の若者に人気なのは「しょうゆ」ではなく「とんこつ」だそうだ。
一方、シニア世代の訪日客はやはり、落ち着いた旅を楽しんでいる傾向があるようだ。彼らに人気の観光地を見ると、京都の伏見稲荷大社や金沢の兼六園、広島の厳島神社など、日本独特の美しさと歴史のある景観が常に上位にランクインしており、それらの地域は大抵、日本料理が美味しいことで有名な場所でもある。京都の伏見は酒どころとしても知られているので、観光とともに日本酒を楽しもうとする訪日客も多いのではないだろうか。
日本酒の国内需要は減少傾向にあるといわれているが、海外での日本のSAKE人気は高まる一方だ。訪日客も、8割近くが日本食とともに日本酒を好んで飲んでいるという。
そんなSAKE好きの訪日客に人気の観光スポットの一つが酒蔵めぐりだ。
例えば、兵庫県の灘を代表する老舗酒蔵・白鶴酒造では、大正期に建造された酒蔵を利用した酒造資料館を無料で開放しており、訪日観光客が多く訪れている。とくに、酒蔵らしい記念撮影コーナーや、利き酒などの体験が好評だ。
白鶴酒造といえば、日本人にとっては、2022年度の累計販売売り上げトップを誇る、赤いパックの日本酒「まる」でお馴染みの酒蔵だが、訪日客にとっては日本酒文化発展の一翼を担う老舗酒蔵の歴史も大きな魅力となっている。
白鶴の創業者である材木屋治兵衛が灘・御影郷(現・兵庫県神戸市)で酒造業を始めたのは、アメリカ建国に先立つこと三十余年、今からちょうど280年前の西暦1743年のこと。時代劇ヒーローの一人「暴れん坊将軍」で有名な8代将軍徳川吉宗の治世といえば、その歴史が実感できるのではないだろうか。創業当初は幕府による酒造規制の強化などで苦境に立たされたりもしたようだが、280年経った今も尚、清酒業界を牽引するトップブランドを維持し続けているのは驚くべきことであり、日本の食文化に貢献してきた証ともいえる。さらに近年では、1900年に第5回パリ万博に出品したり、ラベルデザインに浮世絵をあしらったボトルをインバウンド向けに発売したりと、海外にも積極的に日本酒を広める活動を行っている。同社の奥深い風味の吟醸酒はヨーロッパでも「GINJO」という呼称で高い評価を受けており、その本場の酒蔵で飲む吟醸酒は格別に旨く感じることだろう。
ちなみに、フランスのシャンパンブランド「モエ・エ・シャンドン」が創業したのも、白鶴と同じく280年前。この年は世界のアルコール飲料の歴史にとって大きな転機だったのかもしれない。
ちょうど同時期の1736年(元文元年)には、日本三大七味の一つ、信州・善光寺の「八幡屋磯五郎」も創業している。長野県産原料にこだわり、自社農場や周辺地域の契約農家で収穫した原料を自社工場で加工、さらには信州大学と共同で、冷涼な長野県での栽培に適した七味用の唐辛子の新品種「信八」を開発するなど、徹底したこだわりの下で作られた「八幡屋磯五郎」の七味唐辛子は、日本国内はもとより、海外でも人気が高まってきている。特徴的な赤い七味缶は見た目にも可愛く、百貨店などでお土産に買って帰る訪日客も増えているという。また、同社も白鶴と同じく、海外進出に積極的で、アメリカや中国、イギリスなどをはじめとする15か国以上で輸出展開しており、定番商品の他、各地の料理に合うように20種類以上の原材料を自由に組み合わせられるオーダーメード型の七味なども展開している。
日本酒や七味だけに限らず、日本を訪れる海外の人たちは、日本人以上に日本文化に深く興味を持ち、詳しく知っていることが多い。日本には素晴らしい文化や伝統がある。インバウンド景気に浮かれるだけではなく、日本人自身がもっと日本の文化や伝統に誇りを持ち、日本を訪れてくれた海外の人たちに伝えられるようにしたいものだ。(編集担当:藤原伊織)