ハレの日に飲みたい日本酒。酒米の王者・山田錦を超える「錦」とは?

2024年01月03日 11:03

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酒米は、普段食べている一般的な米と違い、美味しい日本酒を造るためにだけに品種改良を重ねられた特別な米

日本人の日本酒ばなれが進んでいると言われて久しいが、それでも「正月には日本酒を」という大人は多いのではないだろうか。そして正月に飲む日本酒は、普段よりも少し贅沢な銘柄を選ぶことが多いようだ。つまり、令和時代の日本人にとって、日本酒はハレの日に楽しみたい特別なお酒になっているのかもしれない。

 しかし、日本酒を普段から飲み慣れていないと、どんな銘柄を選べばいいのか迷ってしまう。日本の伝統文化でもある日本酒には、日本人だからこそ「奥が深くて難しい」と構えてしまうこともあるだろう。辛口か甘口か、香りはどうか。精米歩合に至るまで、日本酒には、購入する際にチェックしたいポイントが数多くあり、初心者には敷居が高い。値段や銘柄だけで選ぶのは、なかなかに勇気がいる。

 そんな時、注目したいのが「酒米」だ。酒米は、普段食べている一般的な米と違い、美味しい日本酒を造るためにだけに品種改良を重ねられた特別な米。代表的な酒米は「山田錦」だろう。山田錦は、明治末期に在来品種の比較試験によって選抜された酒米品種「山田穂」を母株とし、1923年(大正12年)に兵庫県で父株となる「短稈渡船」との交配によって誕生した。他の酒米に比べても、中心にある心白(しんぱく)が大きく、吸水性が高いため質の高い米麹を造りやすい酒米であり、山田錦で造られるお酒は雑味が出にくい。しかも、

 高精米にも向いているので、大吟醸酒などにも最適だ。それゆえ、全国で最も多く生産されている酒米であるとともに、「酒米の王様」と称されている。有名な「獺祭」なども山田錦の酒だ。また、山田錦の生まれ故郷でもある兵庫県の酒どころ、灘の老舗酒蔵・白鶴酒造では、兵庫県産山田錦を100%使用した、「特撰 白鶴 特別純米酒 山田錦」という純米酒がある。

 そして実は、この山田錦を超える酒米品種を目指して作られた酒米がある。作ったのは他でもない、純米酒「特撰 白鶴 特別純米酒 山田錦」を製造販売している白鶴酒造だ。

 白鶴酒造は新しい酒米をつくるにあたり、山田錦と同じ遺伝的背景を持つ同両親系品種の交配に挑もうとしたが、ここで一つ、大きな問題があった。それは、母株となる山田穂が1921年以降、栽培されていなかったのだ。 とはいえ、その時点ではまだ完全に途絶えてしまったわけではなく、純系淘汰品種「新山田穂1号」に集約されて栽培されていた。ところがその山田穂1号も1938年で栽培が終了していた。さらに「短稈渡船」も山田穂同様に栽培されていなかったのだ。

 幸い、新山田穂1号の種子は研究機関で品種保存されていたこともあって、白鶴は1991年に約60年振りに、途絶えていた山田穂の系統を復活させることに成功した。ちなみに白鶴酒造が復活させたこの新山田穂1号は、山田錦の母親の山田穂とほぼ同じ遺伝形質と考えられている。

 白鶴は、この新山田穂1号と、「短稈渡船」の系統にあたる「渡船2号」、さらに新山田穂1号復活のあとで九州大学にて保存されていたことが分かった「山田穂(九大)」と「渡船(九大)」の計4種を用いて2×2=4通りの交配を行い、800系統を得て、その中から8年にわたる比較試験によって最優良株を選抜。新山田穂1号復活からのべ10年以上の年月をかけて、独自の酒米「白鶴錦」を誕生させた。

 「白鶴錦」は、山田錦と比べても大粒で心白が大きく、雑味の素となるタンパク質や脂質が少ない。さらに稲の背丈が低く倒れにくいので栽培が比較的容易だそうだ。同社では2015年に「⽩鶴ファーム株式会社」を設立し、同社で白鶴錦栽培を開始している。

 そんな「白鶴錦」でつくられた日本酒は、「十四代」の高木酒造など、他の蔵にも提供されている。もちろん、白鶴でも白鶴錦の酒は特別なのブランド扱いで提供しており、その名も「別鶴(べっかく)」や「天空」として販売している。特に「天空」は白鶴渾身の純米大吟醸で、高度に削った白鶴錦を”手洗い(洗米)”、”限定吸水(浸漬)”、昔ながらの手作業による蓋麹法、圧力をかけずに低温下で袋吊りし、自然に滴り落ちる雫酒のみを集めてつくられる。フルーティーな香りと、白鶴錦の繊細で丸味のある味わいが特長だ。同社は2023年に創業280年を迎えた老舗であるが、日本酒にかける情熱は創業当時から変わってないようだ。

 白鶴錦は、山田錦に比べると、まだまだ知名度がないかもしれない。しかし、山田錦を超えるべくつくられた酒米、そしてそれを実現させた不屈のチャレンジ精神を具現化した日本酒。まさに、特別なハレの日に祝う酒として、最適な日本酒といえるのではないだろうか。(編集担当:藤原伊織)