今回のニュースのポイント
一般社団法人日本民営鉄道協会やJR各社などの38社局が共同でまとめた2025年度の集計によると、駅係員や乗務員などの鉄道係員に対する暴力行為は計590件発生しました。新型コロナウイルス禍後の人流回復に伴い鉄道利用が戻るなか、発生件数は再び増加傾向をたどっており、コロナ禍直前の水準に迫っています。鉄道各社は防犯カメラの設置や警備員の配置などの対策を講じていますが、人手不足が深刻化するなかで、社会インフラを支える従業員をどのように保護し、持続可能なサービスを維持していくかが大きな課題となっています。
本文
私たちの日常生活や経済活動に欠かせない移動手段である鉄道。その安全で正確な運行を日々現場で支えているのが、駅係員や乗務員といった鉄道係員です。しかし、これら現場の最前線で働く従業員に対する、一部の利用者からの暴力行為が再び増加の兆しを見せています。公共交通機関における「利用者へのサービス向上」は常に求められるテーマですが、その一方で、過度な要求や理不尽な不満の矛先が現場の従業員へと向かい、身体的な危険に晒される事例が後を絶ちません。人流が回復してきた現在の社会において、安全なサービス提供と「働く人の保護」をいかに両立させるかという、構造的な課題が浮き彫りになっています。
日本民営鉄道協会やJR各社など全国38社局が共同で発表した最新の統計によると、2025年度(2025年4月〜2026年3月)に発生した鉄道係員への暴力行為は590件に達しました。年度別推移を振り返ると、2016年度の712件から年々減少傾向にあり、特に新型コロナウイルスの流行に伴う輸送人員の減少が顕著だった2020年度には377件まで一時的に落ち込んでいました。しかし、社会全体の行動制限が解除され、都市部を中心に人流が回復する動きとともに、暴力件数も再び増加傾向を示しており、直近の2025年度にはコロナ禍直前(2019年度の581件)を超える水準へと達しています。鉄道利用の回復に伴い、現場での接触機会や接点が増えたことが背景にあるとみられます。
この暴力行為が発生しやすい場面をデータから分析すると、明確な傾向が浮かび上がってきます。曜日別では、木曜日(68件)や火曜日(71件)といった平日に比べて、金曜日(89件)、土曜日(105件)、日曜日(101件)と、週末にかけて発生件数が著しく増加しています。また、時間帯別をみても、朝(70件)や日中(150件)に比べ、夜(177件)から深夜(162件)にかけての発生が突出して高い割合を占めています。さらに、加害者の状態として「飲酒あり」が全体の45.9%(271件)を占めており、週末の夜間・深夜帯における飲酒を伴うトラブルが、依然として現場の安全を脅かす大きな要因となっています。発生場所は「改札(214件)」や「ホーム(163件)」が多く、利用者の案内やトラブル対応の最前線が最も危険に晒されやすい現実を示しています。
こうした事態に対し、鉄道各社も決して手をこまねいているわけではありません。現場の安全を確保するため、駅構内や列車内への防犯カメラの設置、警察官による巡回や警備員の重点配置、駅係員に対する護身やトラブル回避のための研修、さらには暴力行為防止を呼びかける啓発ポスターの掲出など、多角的な取り組みを継続して実施しています。また、近年では報道などを通じてこうした暴力行為の実態や悪質性が広く認知されるようになったことも、一定の抑止効果をもたらしているとされています。しかし、企業側による物理的な防犯対策や従業員への教育だけでは、突発的に発生するすべての暴力行為を未然に防ぐことには限界があるのも事実です。
こうした従業員への迷惑行為や暴力行為、いわゆる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」を巡る課題は、鉄道業界だけに留まるものではありません。近年では小売業や飲食業、ホテルの宿泊窓口、自治体の行政窓口、さらには医療・介護の現場にいたるまで、不特定多数の顧客や住民と接するあらゆる対人サービス産業において、従業員の安全確保や精神的負担の軽減が共通の重要課題となっています。かつてのように「顧客第一主義」を過度に解釈し、現場の従業員に対してあらゆる負担や忍耐を強いるような環境のままでは、働く人の心身の健康が蝕まれるだけでなく、その職業自体が敬遠される事態を招きかねません。
深刻な人手不足が社会全体で進展する現在の日本において、現場で働く人々を守るという視点は、単なる福利厚生の枠を超え、「サービスそのものを維持するためのインフラ投資」としての意味を持っています。どれほど優れたシステムや設備を導入したとしても、それを運営し、利用者に直接サービスを届ける「人」がいなくなってしまえば、公共インフラの機能そのものが停滞を余儀なくされます。
鉄道は日々数多くの人々が利用する重要な公共インフラであり、利用者に対する安全で質の高いサービス提供を継続するためには、そこで働く従業員の安全と尊厳の確保が欠かせません。労働力不足が一段と進行するこれからの時代において、サービスを受ける側と提供する側の双方が、互いに敬意を持って安心できる環境を社会全体でどのように構築していくかが、持続可能な社会インフラの維持を占う上での重要な判断軸となりそうです。 (編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)













