日本国中、どこに行ってもあるものといえば、飲料水の自動販売機だ。我々日本人にとって、自動販売機は当たり前のように日常にある風景の一つ。それだけに、あまり意識することは少ないが、一度海外旅行にでも行けば、我々日本人がいかにたくさんの自動販売機に囲まれて暮らしているかが、よく分かる。日本国内の自動販売機の台数は、およそ500万台で、その内の約49%が飲料水の自動販売機だ。
それだけ多いということは、販売競争も激しいということでもある。国民100人で1台の自動販売機を維持管理するほどの売り上げを支えていることになるわけだが、実際のところ、自動販売機の売り上げ自体は減少方向にあるのだ。とくに若い世代の自販機利用者が年々減少しているという。これは、基本的に自動販売機は定価販売だということに大きな原因がある。
スーパーやドラッグストア、100均などでは、当然のごとく2割から3割もディスカウントされた値段で飲料水が購入できる。また、それらの店舗が近くにない場合でも、最近はどこにでもコンビニがある。コンビニの飲料水も定価販売だが、何より種類が多く、コンビニ限定の商品や、オマケ付きの商品も手に入る。どうせ定価で購入するのなら、そちらに流れてしまうのも仕方がない。つまりは、自動販売機同士だけでなく、競合する相手が多すぎるのだ。
とはいえ、自販機の方にも定価販売を譲れない事情もある。自動販売機は中の商品の原価だけでなく、意外と維持費がかなり掛かっている。店舗や住宅の軒下を間借りして設置されていることの多い自販機は、自販機を設置している場所の所有者が負担していることが多い。つまり、飲料メーカーは商品をやすく納入して機械の維持管理を行なうが、電気代は大家持ちというわけだ。この電気代が実は曲者で、1台あたりの月間消費電力量は、多いときで一般家庭一件分程度にも上るというのだ。ドリンク一本あたり百数十円。薄利多売の商品で、それだけの利益を上げようとすれば、なかなかに厳しいものがあるだろう。中には、販売者側の判断でディスカウント販売されている自販機も見受けられるが、たった10円のディスカウントでも、売り上げには大きく響いてしまう。
そこで最近、自動販売機に新しい流れが出てきた。「安く売る」という発想ではなく、自販機で便利に「楽しく」利用してもらうというエンターテインメント性を備えた機種が投入され始めたのだ。
自販機でエンターテインメントといえば、古くは「抽選機能」付きのものがある。1本購入すれば、電子ルーレットなどが回転し、当選すればもう一本もらえるという、アレだ。自販機が2台並んでいたら、ついつい抽選機能付きの自販機で購入したことがあるという人も少なくはないだろう。
そんな発想で購買意欲をかきたてる自販機を積極的に開発しているメーカーがある。日本の自販機業界最大手の日本コカ・コーラだ。日本コカ・コーラは急速に普及しているスマートフォンと連動して、自販機向けのARアプリを開発、4月から順に対応機種を市場に投入していくという。まず、デモでは、専用アプリを起動して、自販機に描かれたコカ・コーラのキャラクター「ポーラーベア」にかざすと、キャラクターが笑ったりくしゃみをしたり、様々なアクションを見せてくれる。また、製品サンプルにかざすことで、人気アーティストのコマーシャルフィルムを見ることができるなど、最新技術と連動した楽しみ方ができる。
極めつけは、「自販機の擬人化」だ。日本コカ・コーラでは、昨年末にWebサイトのコンテンツ「ハピネスクエスト」を立ち上げており、自販機に添付のプレートに記載されたQRコードなどからこのモバイルサイトにログインし、携帯電話、スマートフォンを登録しておくと、全国の自販機からお気に入りの一台を選んで名前を付けたり、その自販機からメールが届くなど、自販機とまるで友だちのようにコミュニケーションが楽しめるサービスを始めている。名前を付けるだけでなく、自販機に挨拶することでポイントが溜まり、そのポイントを使うとサイトでアイテムが手に入り、それを使って自販機キャラをカスタマイズすることもできるなど、ゲーム性も高い。
確かに、特定の自販機に愛着が湧いてしまえば、たとえ定価であっても、ついついその機種で購入してしまうかもしれない。自販機大国であり、ゲーム大国でもあるニッポンの、ニッポンらしい新しい自販機との付き合い方になるかもしれない。かつてはドル箱といわれた飲料水自販機の、起死回生の一手となるか、今後も注目したいところだ。(編集担当:石井絢子)