ドコモが仕掛けた価格競争に応戦せず孫正義社長にブーイングの嵐
ソフトバンクは今年4月2日、ソフトバンクモバイルのLTE方式の次世代高速データ通信サービスを秋以降に開始し、スマートフォン向けのパケット定額サービスを月額5985円で提供すると発表した。後に、LTE方式は今年10月に始まることが決まっている。
毎秒最大110メガビット前後と高速・大容量が売り物のLTE方式は、NTTドコモが「Xi(クロッシィ)」のサービスで先行し、7月末時点で契約数は350万を突破しているという。「au」のKDDIはLTEサービスの開始を当初予定の12月から秋に繰り上げるとアナウンスしている。ドコモは7月27日、10月からパケット定額月額4935円の格安プラン「Xiパケ・ホーダイライト」を提供すると発表した。それはソフトバンクの値下げ攻勢に先手を打つためだとみられていた。
ところが、そのソフトバンクの孫正義社長は7月31日の記者会見でパケット定額料金について、「月額5985円」の予定に変わりはないと強調した。「4830円か?」「いや、4725円だ」など、ドコモの料金をもとにソフトバンクの値下げ後の料金を推測しあっては期待をふくらませていたユーザーや業界スズメたちは、孫社長が繰り返す「5985円」の金額に耳を疑った。
ソフトバンクは旧ボーダーフォンを2006年に買収してモバイル参入を果たして以来、価格破壊旋風を巻き起こしてきた。他社が値下げすればもっと安い料金で対抗し、ユーザーを増やしてきた。ボーダーフォン時代はシェア約16%で一人負け状態だったが、現在は21.8%までシェアを伸ばし、auの26.4%に肉薄している(総務省発表/3月末現在)。そのように価格破壊を武器に日本のモバイル市場を変えた孫社長が、こともあろうにドコモから仕掛けられた価格競争に応戦しないで、矛を収めたのである。会見で「販売促進のためキャンペーンを行うことはあり得る」と言い訳しても、ネット上ではユーザーからブーイングの嵐が巻き起こり、裏切り者扱いされたのは言うまでもない。だが、LTE、スマホ、パケット料金といった最前線から遠く退いて、ガラパゴスケータイ、通称ガラケーでもっぱら通話をするだけというユーザーにとっても、ソフトバンクモバイルの料金は他社と比較して、決して安くはないという実態がある。
通話料について言えば価格破壊者はソフトバンクではなくてau
ソフトバンクが価格破壊の主力兵器としたのが基本料金の「ホワイトプラン(月額980円)」だが、午後9時~午前1時を除いて無料なのは相手もソフトバンクの機種の時だけ。相手が他社、たとえばドコモなら30秒21円になる。ソフトバンクモバイルは他社への通話が多いユーザー向けに、基本料が2倍の1960円になる代わりに通話料金が30秒10.5円と半額になる「Wホワイト」を推奨していて、1ヵ月に50分通話した場合はホワイトプランは3080円、Wホワイトは3011円になると、ホームページ上で説明している。
さて、auからドコモに同じく1ヵ月に50分通話した場合は、通話料金は30秒21円で全く同じである。基本料金「プランSSシンプル(月額1961円)」は「誰でも割」を使うことで980円になり、ホワイトプランと同額になる。しかも1050円(25分相当)の無料通話分が差し引かれるので全部で2040円ですみ、Wホワイトよりも971円安い。学生がソフトバンクの「ホワイト学割with家族」を使ったとしても、auのほうがまだ481円も安くなる。
逆にドコモからauに、1ヵ月に50分通話した場合はどうか。通話料金は30秒21円でソフトバンク、auと全く同じ。基本料金「タイプSSバリュー(月額1957円)」は「新いちねん割引」と「ファミ割MAX50」または「ひとりでも割50」を併用することで980円になり、これまたホワイトプランと同額になる。しかも1050円(25分相当)の無料通話分が差し引かれるので全部で2040円と、auと全く同額で、ソフトバンクよりも安い。
通話時間を100分に変えて計算すると、ソフトバンクのWホワイトは4061円、au、ドコモは4140円になって逆転するが、3社とも無料通話分がついた別の基本料金プランがある。それを利用するとソフトバンクは「ブループラン・Sプランバリュー」と「自分割引50」または「家族割引MAX50」を併用して3150円、au(プランSシンプル)は2887円、ドコモ(タイプSバリュー)は3255円で、ソフトバンクはドコモよりも安いが、auのほうがもっと安い。
3社とも無料通話付き料金プランを何種類も用意しているが、auは他社に比べると各プランの無料通話分は同じでも通話料は他社より安く設定されているので、月に何百時間かけようともソフトバンクはauに追いつけず、「最安」にはならない。ということで、「価格破壊者」と言うなら、それはソフトバンクではなくてauだろう。
音声通話は「刺身のつま」にパケット料金でしか稼げない未来
15年前なら、auはそんな通話料の価格破壊を武器にモバイル(当時は携帯電話)市場をリードする存在になれたかもしれない。だが今は状況が全く異なる。1876年にグラハム・ベルが電話を発明して以来、130年以上続いてきた「電話=音声通話」という領域が、データ通信に吸収される寸前まできている。スマートフォンがそうであるように、携帯電話はもはや電話ではなく情報端末で、「ついでに電話もかけられます」という装置になっている。今でこそモバイルの音声電話はデータ通信とは別システム、原則別料金だが、やがてデータ通信経由で電話をかける機能が一般的になれば、たとえば「Skype」がそうであるように、「音声通話用ソフト」を起動させ、電話番号を押して付属のマイク、スピーカーで通話するようになる。それはデータ通信のメインサービスに添えられた「刺身のつま」のようなものだ。
現行の音声電話はそれに取って代わられて、やがて廃止される日が来る。かつてレコード会社がレコードを発売しなくなったように、電話会社が電話のサービスを廃止するのだ。そうなれば通話料もなくなり、パケット料金に一本化されるだろう。通話料が高い、安いという比較は、意味をなさなくなる。通話しかしないガラケーユーザーは、音声通話ソフトしか使わない(使えない?)スマホユーザーに変貌し、通話料の代わりにパケット料金を支払うことになる。それとは対極にある「スマホでメールばかりして電話をかけなくなった。無料通話分がもったいない」と嘆いているユーザーは、パケット料金に一本化される未来をある意味、先取りしている。
さて、通話料が廃止されたら、ソフトバンクもドコモもauも、収入源はほぼパケット料金に限られるようになり、経営の命綱になる。それを他社と競いあって価格破壊するのは、果たして得策だろうか。たとえ競争に勝ったとしても、利益を十分確保できず、通信をさらに高度化するための設備投資が思うようにいかず、自分で自分の首を絞めることにならないだろうか。
通信料の安売り競争で企業体力を消耗するよりもむしろ、ユーザーがLTEの高速データ通信で動画や音声を大量に送受信することで、定額制の月間容量の上限を超えて使ってもらったほうがいい。ソフトバンクの場合は上限は7GBで、申し込めば2GBごとに2625円で追加できる予定だ。多額のコストをかけてシェア0.1%を奪いあう競争より、ソーシャルゲームや動画配信のようなコンテンツの魅力で、「ユーザーに大量のデータをいかに多く送受信させるか」で競ったほうが、実入りはずっと大きくなるはずだ。モバイルは、シェアを奪いあう時代が終わり、データ量という形で売上を創造して成長を図る時代に移りつつあるのではないか。
ソフトバンクモバイルは、かつて「価格破壊の旗手」と呼ばれたイメージがあるわりには、今の通話料は最安ではない。だが、LTEのパケット料金の価格競争に距離を置く姿勢を見せて、次世代のモバイルのビジネスモデルを垣間見せてくれた。そう考えると、孫正義社長は今でこそブーイングを浴びているが、モバイルの先をすっかりお見通しの賢人のように見えてくるから不思議だ。