■ロームが東芝買収に参加した真の意図は?
8月8日、日本産業パートナーズ(JIP)による東芝株の株式公開買い付け(TOB)が始まった。JIPが総額約2兆円でTOBを実施。株主の3分の2以上がそれに応じれば成立し、東芝は上場廃止となる。
ロームも、JIPに約3000億円の資金を投じて参加している。約1000億円を直接出資するほか、優先株も約2000億円分を引き受け、TOBに必要な資金の約15%を拠出するが、これは国内企業で構成される企業連合では最大規模で、存在感は大きくなる。
なぜ、ロームは東芝の買収に参加するのか?
それは東芝との資本関係を協業へ進展させることで、EVやADAS自動車、大規模サーバーなどで需要が急速に高まっている「パワー半導体」分野において、ドイツのインフィニオン、アメリカのオン・セミコンダクター、スイスのSTマイクロエレクトロニクスなど世界の上位プレイヤーと互角に戦える体制を固めることにあると推測される。
ロームも東芝もパワー半導体を生産しているが、ロームがドイツの自動車部品大手のヴィテスコ・テクノロジーズと長期供給契約を結ぶなどEV(電気自動車)に強いのに対し、東芝は産業機器に強く、顧客層を棲み分けている。そのため原材料の共同調達や生産で連携、協業してシナジー効果をあげるのに良い相手と言え、ロームは「親和性が高い」と表現している。
東芝も2017年の約6000億円の増資時に「物言う株主」が株式を大量取得し、経営がその意向に振り回され大きな問題になっているので、約2兆円のTOBによる国内安定株主の形成を歓迎している。課題を解消して経営基盤を固め、もともと優良事業である半導体でロームとともに世界で戦える態勢を整えられることは、東芝にもメリットになるだろう。
■ロームはSiCパワー半導体の生産拠点を宮崎に建設
京都市に本社があるロームは、LSI、トランジスタ、ダイオード、抵抗器などの製品で知られる半導体・電子部品メーカー。現在はパワー半導体を「重点投資領域」と位置づけており、とりわけ省エネ性能がより優れている次世代素材、SiC(炭化ケイ素)パワー半導体に注力し、2025年度に世界シェアの3割を奪取する、という大きな目標を立てている。それが実現すればインフィニオン、オン・セミコンダクター、STマイクロエレクトロニクス、三菱電機、富士電機などシェア上位各社の間に割って入り、パワー半導体で世界有数のプレイヤーに躍り出る。
SiCパワー半導体の売上高は2023年3月期決算で約300億円だったが、2021~2027年度の7年間で5100億円をこの分野に投資することで、2028年3月期決算時点で売上高を2700億円まで伸ばすという計画を立てている。5年間で売上約9倍にするために、これから積極投資のピッチを上げていく。もちろん従来のシリコン製パワー半導体も手掛けており、東芝との協業ができればその追い風になることは、言うまでもない。
7月12日には、SiCパワー半導体を中心に生産する大規模拠点を宮崎県東諸方郡国富町に置くと発表した。出光興産の子会社ソーラーフロンティアの建物延床面積約23万平方メートルの旧太陽光発電パネル生産工場を取得し、既存のクリーンルームや生産棟をSiCパワー半導体の生産用に改装することで、早ければ2024年末の稼働開始を目指す。
ロームはすでに宮崎県宮崎市、福岡県筑後市でSiCパワー半導体の生産拠点を稼働させているが、宮崎県国富町の新工場が完成すればここが最大規模の生産拠点になり、世界的に需要の急拡大が予想されるSiCパワー半導体の大幅な増産が行えるようになる。2030年の生産能力(月産ウエハ枚数)は2021年比でなんと35倍に増強されると、同社では見込んでいる。
現在の2カ所の生産工場では直径6インチの基板で生産しているが、新工場は技術の日進月歩、需要の高まりにあわせて量産効果が見込めるため、最初から次世代の8インチ規格で生産を行う予定になっている。
■「半導体アイランド・九州」は復活するか
ロームのSiC半導体の生産拠点は九州の福岡県と宮崎県にあるが、1980年代、DRAMなど日本産の「メモリ半導体」が世界を席巻していた時期には、世界の半導体生産量の約1割が九州に集中していた時期があり「シリコンアイランド」と呼ばれていた。
九州は生産に必要な上質な水が豊富にあり、各県に1校ある国立大学工学部を出た技術系の優秀な人材を得やすく、各県に高規格の空港があること、大分県の平松守彦氏、熊本県の細川護熙氏のような名物トップがいた自治体が企業誘致に熱心だったことも、有利に働いた。
当時の半導体生産の中心地は大分県、熊本県、福岡県だったが、時代が進み、日本産のメモリ半導体が韓国などアジア勢にとって代わられるようになると、大分県の国東半島のようなかつての中心地では工場の撤退が相次ぎ、見る影もなくなった。
だがそれが今、半導体の種類を変えて復活を遂げようとしている。
熊本県菊池郡菊陽町では、台湾の世界的半導体メーカーTSMCがソニー、デンソーの出資も受けている子会社のJASMを通じて日本最大規模の半導体工場を建設中で、2023年のうちに完成し2024年末までに本格生産を開始する予定になっている。
肥後銀行と鹿児島銀行が経営統合した九州フィナンシャルグループによると、その経済波及効果は10年で4兆3000億円にのぼると試算されている。TSMCはさらに熊本県内に第2工場も建設したい意向も示し、投資意欲は旺盛だ。
同社の事業は、半導体メーカーが設計した製品を受託生産して納入する「ファウンドリ」という業態で、世界の500社以上と取引し、この分野で世界のトップシェアを占めている。人工衛星からロボット、家電、スマホまで広範な分野で使われている「ロジック半導体」の生産では、40ナノメートルが限界の日本勢に対しTSMCは3ナノメートルスケールの細密な回路線幅を描けるといい、技術では日本を凌駕している。急成長を遂げて時価総額は今やトヨタ自動車の2倍にも及ぶ巨大半導体企業が今、九州の熊本で巨額の投資を行っている。
そのTSMCの新工場の敷地約23ヘクタールよりも1.7倍広い約40ヘクタール(東京ドーム8個分)の敷地に宮崎の新工場を新設しようとしているのが、ロームである。
TSMCが熊本でロジック半導体を生産し、ロームが宮崎でSiCパワー半導体を生産して、ともにそこが世界的な生産拠点になれば、2030年代、「半導体アイランド・九州」は見事に復活を遂げていることだろう。(編集担当:寺尾淳)