朝、ニュースアプリを開いて「所得税法等の一部を改正する法律案が衆議院を通過」という見出しを目にしたとき、そっとページを閉じた経験はないでしょうか。
政治は私たちの生活に直結しているはずなのに、その報道はこれほどまでに「難解な壁」を築いてしまうのでしょうか。政治ニュースが難しくなる理由の一つに、法案名や制度名そのものの「長さと正確性への拘泥(こうでい)」があります。
行政の言葉は一字一句が法的根拠となるため、曖昧さを排除しようとした結果、日常会話ではまず使われない長大な名称が誕生します。メディアも誤解を防ぐためにこの正式名称を多用せざるを得ず、結果として見出しから親しみやすさが消えてしまいます。
また、特定の政治家や政党に偏らない「公平性」を担保しようとするあまり、記者の主観を排した結果、事実関係のみを淡々とつなぎ合わせた「温度感のない文章」になりがちなのもメディア側の事情です。
メディア自身も、複雑な図解や例え話を用いた解説などを模索しています。しかし、あまりに噛み砕きすぎると、今度は「本質からズレる」という批判に晒されるジレンマも抱えています。
では、政治ニュースに距離を感じている読者ができる、たった一つの対処法とは何でしょうか。
それは、すべてを一度に理解しようとせず、まずは「そのニュースで動く『お金』と『権利』」だけに注目することです。難しい名称は一旦置いておき、「誰からお金を取り、誰に権利を与える話なのか」という骨組みだけを追いかけてみてください。
例えば、「児童手当の拡充」というニュースであれば、単に「お金がもらえる」と喜ぶだけでなく、「その財源(お金)はどこから来ているのか」「支給対象(権利)から外れたのは誰か」という対立構造に注目するのです。
特定の層に給付金が出る裏側には、必ずそれを支える負担者が存在します。そうした「負担と給付のバランス」や、「新しい優遇」の裏側にある利害関係さえ掴めれば、難解なニュースは途端に、生々しく血の通った「自分たちの物語」として見えてくるはずです。(編集担当:エコノミックニュース編集部)













