なぜ保険診療でも医療機関は倒産するのか 診療所で進む経営環境の変化

2026年07月14日 08:04

今回のニュースのポイント

帝国データバンクの調査によると、2026年上半期の医療機関の倒産は39件となり、上半期として過去最多を更新しました。特に診療所の倒産が19件と目立ち、物価高や人件費の上昇、経営者の高齢化などが背景にあります。保険診療を中心に運営されている医療機関が、なぜ経営難に陥るのかという疑問もありますが、医療機関の収入は診療報酬という公定価格で決まる一方、コストは市場環境に応じて上昇するため、価格を自由に引き上げられないという構造的な課題が浮かび上がっています。

本文
 国内の医療機関における法的整理の件数が、過去最多のペースで推移しています。帝国データバンクの調査によると、2026年上半期(1〜6月)の医療機関(病院・診療所・歯科医院)の倒産件数は39件に達し、これまでの上半期として過去最多であった2025年同期の35件を上回る結果となりました。このままのペースで推移すれば、2025年通年の66件を上回り、年間では初めて80件に達する可能性も指摘されています。今回の動向において特に顕著なのが診療所の増加であり、上半期として過去最多となる19件を数え、全体のほぼ半数を占め、件数を押し上げています。

 多くの医療機関は保険診療を中心に運営されているため、経営や収入は安定しているとのイメージを持たれがちですが、実際には特有の厳しい経営構造が存在します。健康保険制度はあくまで患者が必要な医療を公平に受けられる環境を支える仕組みであり、個々の医療機関の経営状態までを直接保証する制度ではないためです。保険診療の価格は、国が定める診療報酬という公定価格で決まっています。一般企業であれば原材料費や人件費の上昇分を価格へ転嫁することができますが、保険診療を中心とする医療機関では診療報酬が公定価格であるため、同様の対応は容易ではありません。その一方で、人件費や光熱費、医療材料や消耗品の調達といった経営コストは市場価格の影響を受けて上昇しており、価格は固定されやすいがコストは変動するというギャップが収益力を継続的に圧迫しています。

 診療所の倒産19件をみると、内科診療を手がける事業者が9件と約半数を占めています。これらの内科診療所の中には、本業である通院医療の提供と並行して、老人福祉施設やデイサービスといった介護事業を運営している事業者もあり、コロナ禍での業績悪化に加え、周辺事業における人手不足や物価高の悪影響が重なって経営全体の重しとなるケースが見られました。日本医師会の調査でも、2024年度は赤字経営の診療所が前年度比で約3割増加したとされており、もともと診療報酬という限られた原資の中で経営環境の悪化に直面していた小規模な診療所が、物価高や人件費上昇などの影響を強く受けている状況がうかがえます。

 さらに、今回の調査で特徴的なのは、経営者である医師の高齢化と事業承継を背景とした問題です。全業種の平均をみると、経営者の病気や死亡を直接のきっかけとする倒産は全体の3.8%にとどまりますが、今回の診療所の倒産においては、実に約4割が経営者の病気・死亡によって事業継続を断念するに至っています。医師が経営者を兼ねる診療所では、経営者の病気や死亡が事業継続に直接影響しやすく、後継者の確保や事業承継も課題となっています。近年はM&Aを通じ、医療分野の経営再生を手がける事業者などが買収する動きもみられますが、不適切な事例も一部で指摘されており、適切な承継を進めるための環境整備が課題として挙げられています。

 今回の倒産件数の動向が示しているのは、患者向けの社会保障制度が存在していることと、それを現場で実際に提供する医療機関の経営基盤が安定していることは別の問題であるという実態です。物価や人件費の上昇という市場環境の変化に対し、現行の公定価格制度のもとで医療提供体制をどのように維持していくのかは、個別の医療機関の取り組みだけで解決できる範囲を越えつつあります。今年6月から2026年度の診療報酬が適用されたことについて、帝国データバンクは、診療報酬改定を一定の明るい材料と位置付ける一方、医療機関を担当する金融機関担当者からは、収益性の改善にはつながりにくいとの見方も示されています。

 こうした背景から、今後の論点は単なる経営破綻の動向にとどまらず、医療提供体制の持続可能性をどのように確保していくかという点にあります。今後は、物価や人件費の動向を診療報酬へどのように反映するのかに加え、経営者の高齢化を踏まえた事業承継、働き方改革、賃上げ、医療DXへの対応が論点となります。公定価格である診療報酬と上昇する経営コストの間に生じる差をどう調整し、地域の医療提供体制を維持していくのか、今後の政策対応が注目されます。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)