生誕35年の「SR400」、先人たちのこだわりを受け継ぐ魂の名車

2013年03月09日 20:10

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今年で生誕35年となったヤマハ発動機の名車SR400。初期を知る大波加氏(写真左)と最近まで担当していた加納氏(写真右)どちらもSRのエピソードを語ると話は尽きない。

 ヤマハ発動機の「SR」をご存じだろうか?日本において最もロングセラー続けているバイクである。「SR」は1978年に登場以来、10回以上のマイナーチェンジは繰り返してきたものの、フルモデルチェンジを一切していない。

 近年のマルチシリンダーを主とするバイクの醍醐味といえば、スピード感とパワフルさ、そして利便性にあるだろう。いかに速く、快適にライディングできるのか。そこに重きを置き、開発に力を注ぐことでフルモデルチェンジ、もしくはニューモデルとして進化させてきた。しかしこの「SR」はある種、その真逆だと言っても過言ではない。一発でエンジンがかかるセルもなければ、走りもシルキー感には程遠い。どちらかといえば「鼓動を身体全体に感じながら走る」機械臭さが魅力だ。その例として挙げられるエピソードがある。78年当初はクラシカルともいえるスポークホイールだったが、翌年にはその当時、トレンドとなっていたメンテナンスが簡単なキャストホイールに変更した。しかし、これが「SR」ファンには大不評で、82年に限定記念モデルとしてスポーク仕様車を発売、その後、スポークホイールが標準仕様に復活したという。「SR」はトレンド追う必要がない、という独特の流れは誕生当時からのものであろう。ちなみに82年に記念モデルを出したことを皮切りに、折に触れ記念モデルを登場させているのも希少である。

 この「SR」の35年は、ヤマハ発動機の数えきれないほどの社員が関わり、タスキを繋いできたという。「私もSRの企画を担当しましたが、すでに初期モデルに関わった社員はほとんど退職されてしまっています。でも、その頃から、SRは社内でもファンが多く、特別な存在であったことは確かです」と語るのはSRの初期を知る大波加氏。そもそもSRは、当時ヤマハが開発し、アメリカを主に人気を博していたオフロードバイクXTのエンジンがベースだという。「ヤマハは当時、オフロードバイクモデルを世界的に牽引していました。その中で、このベーシックなエンジンを、ロードスポーツモデルに使うことはできないか、という声があがったようです。当初はアメリカ、ヨーロッパ、そして日本の順で発売したのですが、アメリカは2年で発売を取りやめ、その後、ヨーロッパにも出荷しなくなったので、結局は日本だけの販売となったのです」。70年代後半は、バイクが性能重視になりはじめた頃で、その流れの中であえて、オーソドックスなフォルムにすることで、趣向性にこだわる大人のバイカーが、カスタムバイクのベースにしたいマシンとして、少しずつ認知していったのだという。

 しかし、この「SR」にもこれまでの歴史で生産中止の大きな危機が2回あったという。「89年くらいだったか、書類上では生産中止が決定になったこともありました。理由として、順調に推移していた販売数も発売から10年ほど経過し、世の中がレーサーレプリカブームへと突入すると、減少していった。その中でSRのエンジンは専用ラインで作らなければできない仕様というのがネックとなったからです。効率を重視した時、すでに汎用ラインが主流となりつつある中で果たしてSRは残すべきなのかと。だからといって、汎用ラインにのるようなエンジンに変更すれば、もはやそれはSRでないのも分かっていました。社内でもSRへの思い入れが強い人間はたくさんいましたが、ビジネスとして成立しなければやはり継続は難しいという判断が一時は下ったのです」と大波加氏は当時の苦悩を振り返る。しかし「ヤマハ発動機としても、このSRは無くしてはいけないのではないか」と営業サイドはじめ、全社的な中から声が上がり、紆余曲折の末、当時、ゴルフカーのエンジンを製造するラインと統合できるとの判断で製造の継続が決まったのだと言う。「一度、書類上で生産中止が決まったものをまた、復活させるなんてことは普通ではありえないことなんです」。この「SR」のエンジンは現在も基本的な仕様が変わらないが、その素性は素晴らしく、進化したエンジンを次々に作っている現存のエンジニアも「代えるところがない」と舌を巻くほどだという。

 前述にフルモデルチェンジはなくとも、マイナーチェンジを繰り返したと語ったが、その最大の理由は環境対応が大きい。2度目の危機は、約5年前の排気ガス規制である。この時、営業を担当していた加納氏は「基本的には生産中止する流れはなかったのですが、1年間、生産を取りやめ、SRの原型を保ちながら、防音、ガス規制がクリアできる仕様にするのは本当に困難を極めました。中途半端なことをしたら、ただのつまらないバイクになってしまう。先代たちが築き上げ、継続してきたSRですから、この先も長く生産を続けていくバイクとして、環境対応されているものにしなければならない、したい。社内外からの「SR、いつ出すの」というプレッシャーとも闘いながら、どうにか環境対応モデルを出せたのです」。この万を期して登場した「SR」の2010年モデルは、東京モーターショーでのお披露目となり当時、大きな話題となったという。

 オーソドックスなスタイリング、空冷、単気筒、4ストローク、SOHC、2バルブといったオートバイの原器ともいえるつくり……。多くのライダーに絶大な支持を得ているこのバイクは、ただ「SR」であることにこだわり続け、今年で生誕35年を迎える。すべてにおいて、効率重視となりつつある現代社会にあって、決して“いまどき”ではないが原型を留めながら受け継がれている名車「SR」。武骨でシンプルで派手さはないバイクが今なお、毎年、造られ続けている所以、それは先人たちのこだわりの重さ、それを継承しようとする者の存在、そしてそのすべて受け入れる器があり、望む声が切れないという35年間の絶妙なバランスの妙が成せる軌跡の証なのかもしれない。(編集担当:宮園奈美)