ひと昔前の「サプリメント」といえばスポーツショップの片隅に並んでいるごく専門的な商品であったが、年々進む健康志向の高まりを受け、現在ではドラッグストアやコンビニといった身近な場所でも見られるようになってきた。そんな中、食品大手の江崎グリコ <2206>がアスリート向けのスポーツサプリメントを製造販売していることをご存知だろうか。ブランドの名前は「パワープロダクション」。この、いかにも効果ありそうな名前のサプリメントブランドを立ち上げたのはたった一人の、ごく普通の社員だった。
自らもボディビルに取り組み、隆々とした筋肉と黒く焼けた肌から受ける印象はまさにアスリート。だが、桑原弘樹氏の肩書きは「スポーツフーズ営業部 プロダクト・マネージャー」。れっきとした江崎グリコの社員だ。実際、約10年前までは人気商品「コメッコ」などの米菓の開発を担当していたという。そんな彼に転機が訪れたのは29歳の時。「朝起きてネクタイを締めようとしたら左ののどが膨らんでいたんです。病院で検査を受けると、診断結果は『リンパ芽球性のリンパ節線症』だという。担当医は『最悪の場合あと二週間もつかどうか』と。衝撃でしたね」と桑原氏。
そこから約半年間の闘病生活に入るのだが、闘病中に桑原氏が考えでいたのが、ごく普通の健康な体に対するありがたみ。「自分は無菌室のビニールのカーテンから出ることすらできない。健康に対する価値観がガラリと変わりました」(桑原氏)。退院した桑原氏は、自分ができることは何かを考えた。そこで思いついたのがサプリメント。「病人を健常者に戻してあげる作業はお医者さんの仕事。私たち食品メーカーの立場としてきることは何だろうと思った時に、サプリメントかなと」(同)。
そこからは通常業務をこなしつつ、空いた時間を使ってサプリメントの知識を吸収することに励んだ。「会社を動かすことを考えた時に、中途半端な気持ちでは絶対に実現不可能。まずは発案者である僕がサプリメントのスペシャリストにならないと話にならないでしょう」(同)。元々文系だった桑原氏は、中学校の理科の教科書から欧米の最新文献まで、とにかく関連する情報を漁り、社内の研究者をつかまえては疑問を投げかけた。
そんな日々が約2年半続いた後の1999年、ついに「パワープロダクション」の発売にこぎつける。こだわったのは、スポーツアスリートを対象にした本物志向のブランドであること。「市場マーケティング理論からは外れるかも知れませんが、最も優先していることはサプリメントの効果です。効果がなければ絶対に販売しないと決めていました」(同)。飲んで、実感してもらってこそ意味があると考えた桑原氏は、自分自身を実験材料にし、効果を確かめる。そのため、今でも商品の開発と共にアスリート顔負けのトレーニングが日常だ。
「パワープロダクション」の高い効果は反響を呼び、神戸製鋼ラグビー部「コベルコスティーラーズ」をはじめ、プロレスや野球、格闘技、水泳、柔道など様々なスポーツのトップアスリートからの支持を受けている。「最も高い効果を発揮させるために、サプリメントの摂取方法だけでなくトレーニング方法もレクチャーしています。だから、僕の携帯の着信履歴はアスリートばかり(笑)」。もちろん、ハードなトレーニングをするアスリートだけではなく、スポーツ愛好家や美容を意識する人、高齢者なども対象としている。「アスリートの方々はサプリメントの効果に敏感なので研究に役立ちますが、もちろん購入していただく方のほとんどは一般の方です。例えば、プロレスラーの武藤敬司選手の膝の怪我に役立つようなサプリメントを考え、その効果を元に高齢者の膝痛を和らげるような商品を開発しました」(同)。
現在は社内業務だけでなく、様々なイベントに出向いてスポーツサプリメントの啓発活動に取り組んでいる桑原氏。名実共にサプリメントのスペシャリストとなった彼に今後の夢を聞くと、「サプリメントや健康食品の業界ではこれまでいくつもの小さなブームが起きましたが、一般的な人々の中に根づいているとは言えないですね。だから、もっと当たり前に使ってもらえるアイテムにしたいです」。江崎グリコの企業理念「おいしさと健康」は、社員それぞれの小さな思いが積み重なることで支えられている。
(編集担当:上地智)