被災地支援プロジェクトとして、唾液でストレスチェックを実施

2012年03月19日 11:00

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経済産業省による被災地支援プロジェクトとして、半導体大手のロームが岩手大学などと共に、PTSDなどのストレス関連疾患を判断する実証実験を行うことになった。

 震災から一年が経った今、物理的な復興支援だけでなく精神面でのケアが急がれている。自然災害の被災者は3%がPTSD(心的外傷後ストレス障害)といわれ、被災地のPTSD数は30万人以上とも見られている。既に800名以上がこころの病気を引き金に亡くなっており、被災各県の復興計画にも重点課題として「こころのケア」が掲げられる程、その対策が喫緊の課題となっている。そして今、この課題の解決に唾液が大きく貢献するのではないかと期待されている。

 従来、PTSD等の精神疾患か否かの判断は、光トポグラフィーと呼ばれる頭部に大がかりな装置を付けて脳内の血流量を見る方法や、専門家による問診・面談がその中心を担っていた。しかし光トポグラフィーは装置が高額な上、受診できる施設が少ない。専門家による問診や面談も、時間がかかる上に定量的な評価が困難である。そこで注目されているのが、ストレスの度合いによってその濃度が変化するホルモンの一種、コルチゾールである。このコルチゾールは唾液からも採取でき、その濃度を測定することでストレスの度合いを見積もることができると期待されている。そこで唾液に注目が集まり、このことに着目したシステムが経済産業省による震災復興プロジェクトに採択。半導体大手のロームが岩手大学などと共に、PTSDなどのストレス関連疾患を判断する実証実験を行うことになったのである。

 現在でも唾液から採取したコルチゾールを用いた計測方法は存在する。しかしいずれも、簡易かつ分析時間も短いが定量性に欠けていたり、定量性に優れているものの化学系専門家でなければ操作が出来ず、導入費用も高額で分析時間も長いなど、一長一短である。一方で、今回実証実験に入るデジタル免疫システムでは分析時間が5分以下、定量性にも優れた分析技術となっている。ロームの開発者が特にこだわったのが定量性。PTSDに関しては唾液コルチゾール値が一定値を超えるか否かで、その疾患を判断出来る可能性を挙げた研究報告がなされており、客観的な尺度に基づいた臨床現場での即時診断が可能となるからある。

 また、このデジタル免疫システムの操作は、音楽CDに似た形状の円盤型分析チップ(バイオチップ)に、採取した唾液サンプルを乗せて装置にセットするのみ。あとはサンプルが自動的にチップ内蔵の試薬と反応し、コルチゾールが光センサで測定されて結果データが表示される。さらに、装置のサイズは25cm角とポータブルサイズで、安価な想定装置価格を目標においている。そのため、あらゆる拠点で安価・簡易・迅速にPTSDの評価が出来るので、客観的な指標に基づき、患者個人ごとの適切なケアが可能となる。客観的な指標に基づくということは、何らかの事情で診断者(医師)が交代したとしても引き継ぎが容易であり、十分なケアが継続出来るということでもある。

 そして、迅速な診断により適切なケアを十分に受けられることは、被災地の復興への寄与、強いては経済的波及効果も大きい。現状、被災地における労働人口の3%がPTSDを原因として十分に働けない状況にある。これらの人々の現場復帰を促すことで年間1500億円の経済効果が期待できるという。さらに、後発することが予想されるPTSD患者を速やかに治療に移行させることで、社会的な復帰を促し、または労働意欲を維持させることは、復興に大いに貢献すると期待されている。

 5大疾病の1つとして注目される精神疾患はストレスに起因するものも多いとされ、職場でのメンタルヘルスケア検診の義務化も進むなど対策が進められている。こういった傾向を受けロームの開発者も、PTSDの診断だけでなく、あらゆるストレス関連疾患を唾液で検査出来るようになることを目指すと語る。実現すれば、ストレス性の下痢や腹痛といった敏感性腸症候群(IBS)の検査にも有効とみられ、健康診断で唾液採取が定番となるかもしれない。明確な意思表示の出来ない乳幼児などのストレスチェックも容易に可能となる。さらにストレスを計れるということは、快適性も計測できるということでもある。そのため、美容健康関連の市場への普及も見込まれるなど、その可能性は無限に広がる。唾液による被災地の復興が、日本人の健康を支える礎となるかもしれない。