2024年3月、菓子メーカー大手の明治がキャンディー事業から撤退し、53年の歴史を持つ同社の人気キャンディー「チェルシー」の販売も終了した。同社によると、市場環境や顧客のニーズの変化による売り上げの低迷が理由とのことだが、チェルシーの販売終了が発表されるや否や、スーパーなどの小売店では売り切れが続出し、フリーマーケットアプリなどでは定価の10倍近い値段で取引されたりするなど、多くの人がチェルシーの販売終了を惜しんだことが話題となった。
技術や流通、インターネットの発展などにより、世の中の流行やニーズが目めぐるしい速度で移り変わっていくのは、菓子業界に限らない。とくにSNSなどによって情報の拡散範囲や伝達速度が飛躍的に加速している上に多様化しており、流行を逐一見極めて商品やサービスを開発して柔軟に対応するのは至難の業だ。
そんな激動の時代にあっても、流行り廃りに流されることなく、愛され続けている商品もある。爆発的に売れても、その後すぐに市場から姿を消してしまうような商品と、長年にわたって愛され続けるロングセラー商品では、何がどう違うのだろうか。
例えば、白鶴酒造の「白鶴 まる」というロングセラー商品がある。赤いパックに筆で書かれた大きな丸印が印象的なパッケージでお馴染みの日本酒ブランドだ。今では家庭で日々手軽に楽しめる紙パック酒の定番となった「まる」が発売されたのは、今からちょうど40年前の秋。当時、 将来的な酒類の低アルコール化や、日本の食の欧米化にともなって、新しいタイプの日本酒が求められるようになると判断したことから、全社一丸となって大型商品の開発プロジェクトをスタートさせた。それが「まる」だ。
家庭で油を使った料理が増加し砂糖の消費量が減少しており、油料理には酸味のあるお酒、甘くない食事には辛口のお酒が合うことから、開発する酒質の方向性が決まった。当時の日本酒で使われていなかった焼酎の製造に使われる白麹で作った酸味の強い酒など、醸造方法が異なる6種類の原酒をブレンドすることで、13%と当時としては低アルコールでありながら物足りなさを感じさせない、軽快な口当たりと豊かな旨味のあるお酒が完成した。今では「まる」と聞いただけで赤いパックを思い浮かべる人も多いだろうが、40年前の1984年当時としては「まる」は日本酒ブランドらしからぬ斬新なネーミングとパッケージだった。実際、開発当初は当時のトップからの了承が得られなかったという。しかし、「まる」の開発に携わった担当者たちの、おいしさをシンプルに表現しつつ、覚えてもらいやすいネーミングは「まる」以外に考えられないという熱心な説得によって「まる」に決定したという経緯があるそうだ。そして担当者たちの思惑通り、40年経った今でも多くの家庭で愛され続けており、現在では容量違いや純米・辛口タイプ・季節限定商品などに合計約20種類のラインアップが展開されている。
ハウス食品の「バーモントカレー」も1963年の発売開始から約60年も続く、超ロングセラー商品だ。発売当時、「カレーは辛くて子どもは食べられないもの」という常識を覆したのが「バーモントカレー」だ。日本の食卓で、カレーが子どもたちが喜ぶ定番メニューとなっているのも、この「バーモントカレー」の功績といっても過言ではないだろう。発売当初は「りんごとはちみつ入りの甘いカレーなんて売れるはずがない」と販売店から猛反発されたというが、その数か月後には品切れの状態が続くほどの爆発的なヒット商品となり、60年経った今でも愛され続けている。
また、さらに10年さかのぼり、1953年には歌舞伎柄のパッケージでお馴染みの「永谷園のお茶漬け海苔」の前身である「江戸風味 お茶づけ海苔」が誕生している。永谷園の創業者である永谷嘉男氏は、日本の煎茶の創始者といわれる永谷宗七郎からつながる由緒あるお茶屋の家系出身だったが「小料理屋の〆で食べるお茶づけが家でも簡単に食べられたらいいのに」という発想から「お茶づけ海苔」の開発を目指したという。当時は、アルミ箔もポリエチレンもない時代。それに加えて今ほど流通も発達していないので、自転車でリアカーを引いて、一軒一軒お茶屋を回って納品するなど、かなりの苦労があったようだ。さらに売れ始めてからも、類似商品が出回るなどのトラブルも多かったという。それでも愚直に商品開発を続け、1970年代には「永谷園のさけ茶づけ」を発売し、日本の食卓を虜にした。そして70年経った今でも「永谷園のお茶づけ海苔」は愛され続けている。
ここで挙げた他にももちろん、世の中にはロングセラー商品がたくさんある。しかし、それらのロングセラー商品のいずれにも共通して言えることは、単純に今だけの流行を追い求めるのではなく、その先の未来を見越した商品開発、そしてその商品に対する開発者たちの並大抵ではない「こだわり」と「情熱」が込められていることではないだろうか。情熱の火で一度燃え上がった炎は、そう簡単に消えることはないのだ。(編集担当:藤原伊織)