東京電力所有の管理釣り場2カ所を買取る「タックルベリー」の正体

2012年10月09日 11:00

 東京電力の大型資産切り売りが次々と具体化

 東京電力は、原発事故の賠償金や経営再建資金にあてる目的で、2011年度からの3年間で総額7074億円の資産を売却する計画を進めている。6月末までに不動産は637億円、子会社などの事業は727億円、有価証券は3207億円を売却しているが、それでもこれから計画の35.4%、2503億円の資産を切り売りしなければならない。売りやすい有価証券は6月末までに計画の約97%を消化しているので、今後の売却対象は事業と不動産になる。

 10月に入って、大型の資産売却が次々と具体化している。子会社でデータセンター事業を手がけるIT企業「アット東京」は、10月31日付で株式の過半数をセコムに譲渡する。売却額は約333億円と大きい。東京・信濃町にある東京電力病院(113床)の売却も決まり、運営継続を条件に来年3月末までに競争入札にかけて売却先を決める。その売却価格は十数億円とみられる。11月には東京都内のホテル「トレストイン田町」「トレストイン日本橋」が相鉄ホールディングスの子会社の相鉄イン開発に売却され、それぞれ「相鉄フレッサイン」として生まれ変わる予定。売却額は20~30億円とみられる。その他、売却候補にあがっているのは埼玉県本庄市のビジネスホテル、トランクルーム、高齢者福祉施設、オフィスビル、駐車場、賃貸マンション、スポーツ施設、社宅、保養所、研修所から電力施設跡の空き地までさまざま。規模は小さくても、売れるなら何でも売っていく方針だ。

 売却先は釣具店ベンチャー、タックルベリー

 売却がすでに決まった事業の中には、売却価格は約3億円と小さいが「管理釣り場」2カ所も含まれ、年内にも引き渡される予定である。新聞では「釣り堀」と書かれていたが、ヘラブナなどをエサで釣る昔ながらの釣り堀ではない。丘陵地や渓谷など自然の地形をそのまま利用し、主にマス類(トラウト)を放流しルアー釣りに特化した施設で、管理釣り場と呼ばれる。3000~5000円の入場料を払えば初心者でも子どもでも手軽に、安全に釣りが楽しめる。釣れた魚をその場でバーベキューにして食べることもでき、ルアー釣りファンだけでなくRVに乗ったアウトドア好きのファミリーも数多く訪れる。「東電はそんな事業もやっていたのか?」と驚いた人もいたようだが、運営しているのは子会社の東電不動産で、川崎市麻生区の住宅地にある「FISH-ON!王禅寺」(約5万平方メートル)は火力発電所で燃やした後の石炭灰の処分場跡、山梨県都留市の渓谷にある「FISH-ON!鹿留」(約7万平方メートル)は水力発電所がらみで買収した土地に、大型の管理釣り場を造成して10年ほど前から営業している。小田急線新百合ヶ丘駅に近い王禅寺のほうは都心のすぐ近場で楽しめる好立地、鹿留のほうはレストハウスも備えた高原リゾート風のゆとりあるたたずまいという集客ポイントがある。

 社会経済生産性本部の「レジャー白書」によると釣り人口は1998年の2020万人から2010年の940万人にほぼ半減してしまったが、アウトドア全体の人気が根強いことを考えると、悪くないお買い物と言えるだろう。それを東電からお買い上げになったのは「タックルベリー」(本社:神奈川県藤沢市/非上場)という会社である。事業ジャンルは釣具店チェーンで、ベンチャーとして2000年に創業。「上州屋」や「ポイント」のような以前からある全国チェーンと違うのは、新品も置いているが、中古釣具の買取・販売がメインの「リサイクル業態」であること。個人宅に死蔵されていた釣具を掘り出して流通に乗せるというビジネスモデルを武器に、創業以来12年で店舗数では約186店舗(韓国、香港含む)に増え、釣具店チェーン単独では上州屋に次ぐ第2位に浮上した。年商も62億円まで成長している。

 タックルベリーが創業して成長する間に、釣り人口の減少によって釣具の国内小売市場規模は2000年の2578億円から2010年の1811億円へ約30%も縮小してしまっている(日本釣用品工業会「釣用品の国内需要動向調査報告書」)。同社はシュリンクするマーケットに咲いた、他とは色あいの違う元気な花と言える。2009年10月、栃木県小山市にあった管理釣り場「小山フィッシングワールド」が経営不振で廃業すると、タックルベリーはそれを従業員居抜きで買い取り、ほとんど手を加えないまま「Berry Park in 小山」としてリニューアルオープンさせた。それを運営する経験を持っていることが今回、売却先を探していた東電のお眼鏡にかなったようだ。

 「ただ、存続させるのみ」でいいのか?

 タックルベリーについては、釣り好きの間でこんな冗談が交わされることがある。「あそこの店長に釣りのことを聞かないほうがいい。釣りをしたことがないかもしれないから」。それには根拠がある。同社のホームページの「FC加盟店募集」のページには「釣り経験がなくても安心です」とあり、資料を請求するとそこに、それまで一度も釣りをしたことがなかったが独立・開業できたという人の体験談が堂々と載っているからである。このフランチャイズシステムは、他の釣具店チェーンにはなかなかマネができず、ベンチャーのベンチャーたるゆえんなのだが、「釣り? 全然好きじゃないんですけど、仕事ですから」という人でも釣具店の店長になれるというのは、コンビニとかならまだしも、趣味の店としてはあまりにもビジネスライクすぎるのではないか。生活必需品と違って趣味の店は、その趣味をたしなむ人を増やす努力をしなければ、売上は伸びない。せいぜいよくて現状維持である。釣りが本当は好きじゃない人が、ハウツー満載のマニュアルだけで釣りが好きな人を増やすことができるだろうか?

 ドライなビジネスライクさは「Berry Park in 小山」でも遺憾なく発揮されている。ここはかつて「幻の魚」と呼ばれたイトウを放流して評判になり、全国の管理釣り場でイトウ放流ブームが起きるきっかけをつくったパイオニアだったが、今では当時の人気ぶりは見る影もない。前の経営者が経営不振で廃業したにもかかわらず、タックルベリーは2年間、めぼしい新規投資を行っていない。おそらく「管理釣り場の運営ノウハウの蓄積が先で、今すぐカネをかける必要なし」という経営判断なのだろう。本業の釣具店のように、割引券を配るセールスキャンペーンばかり熱心だ。

 でももし、これが同じ客商売の温泉旅館だったらどうだろう。居抜きで買い取って「再建します」と約束すれば、従業員の雇用が維持されるから新オーナーは最初こそ称賛される。しかし、「設備投資はしない。現状のまま営業を続けろ」では、経営不振に陥った原因の多くは解消されないまま、旅館の建物もサービスもどんどん陳腐化し、値引きをしても効果は乏しくお客さんの数はじり貧になって、やがて閉館、従業員全員解雇という道をたどることになる。そうなればオーナーはごうごうたる非難を受けることだろう。中古の釣具でも、買い取ったら磨いたり油をさしたりするなど手入れをして、リセールバリューを少しでも高くしようとするはず。それをしないというのは、小山の管理釣り場の買収には何か他の目的があったのではないかと勘ぐりたくもなる。

 それはともかく、東電所有の2カ所の管理釣り場は、経営状況はかんばしくなく身売り話が出ていたものの、他と比べてもその設備やサービスへの評価は決して悪くない。固定ファンもついている。原発事故でせっぱ詰まっているとはいえ、売却するなら、その資産価値を長く維持して、必要な投資を行ってさらに高めてくれそうなところを選ぶのがせめてもの「親心」だ。「カネをかけずに現状維持でできる限り回していく」という、今の収益しか眼中にない経営をされたら将来、資産価値は確実に滅失していく。

 はたして東電の関係者は「Berry Park in 小山」に見学に行ったのだろうか? 書類だけ見て「管理釣り場の運営経験あり。いいですね」と判断したのではないか? それとも釣り関係の業界はあまりにも弱体化して、資産価値に見合う買収価格を提示できる企業が、他に全く現れなかったのか?

 「売れたら、それでいい」「買ったらただ、存続させるのみ」それで、いいのだろうか?近未来、「Berry Park in 小山」「FISH-ON!王禅寺」はマンションに化け、「FISH-ON!鹿留」は原野に戻り、管理釣り場は減るが日本じゅうタックルベリーの店だらけになる。初心者は釣り未経験の店長からマニュアル通りの対応をされるだけ。もしそうなったら日本の釣り人口は、何人残っているだろう。