日本の自動車メーカーが海外市場に活路を求め海外に進出したのは1970年代だった。それは北米をメインターゲットとし、そこに向けたコンパクト&省燃費という日本の技術的優位を以て臨んだマーケットインだった。その後の成功は知るとおりで、日本メーカーの大規模な米国へ進出は、その後の輸出自主規制にまで発展した。
21世紀に至るまで、世界自動車販売台数の60%以上は先進国(北米/欧州/日本など)が占め、日本やドイツのメーカー各社の主戦場もそこだった。ある意味で北米を制すれば世界一が見込めたわけだ。自動車産業は「マスプロダクションの論理が効く事業だ。つまり、同じ固定費であれば、大量に単価の高い人気モデルを集中的に生産して販売すれば収益増に繋がる」のだ。20世紀の北米を含む先進国マーケットは、まさにこうした市場として日本やドイツの自動車メーカーに有利に働いたといえるのだ。
当時、ハードウエアとして自動車のグローバル化は、この北米市場に対応することで達成できたと、多くの(日本の)自動車メーカーは勘違いしたのかもしれない。
しかしながら、世界の自動車業界の真のグローバル化は2008年の米・リーマンショック以降だといえそうだ。その金融危機以前は、まだ北米を中心にした市場が自動車マーケットの中心に確かにあった。
しかし、2008年のあのリーマンショックを契機に北米(特に米国)や欧州の需要が一気に低迷した。一方、中国を含む新興国市場の需要が本格的に動き始めた。米・メリルリンチの報告では、世界自動車消費・新興国比率(台数)は2006年の32%から2013年の51%まで拡大したというのだ。今後も中国、インドなどを中心とした新興国販売比率の長期拡大トレンドは続く可能性が高いとする。
こうした新興国市場に対応したグローバル化は、自動車メーカーの事業の経営環境を一変させた。極端な言い方をすると、先進諸国の高度な消費財生産では当たり前となった「多品種少ロット生産」が求められるが、そこに高付加価値化とは別次元の「低価格化」をも同時に行なう必要があるということなのだ。
自動車生産は「マスプロダクションの論理が効く産業だ」と冒頭で述べた。つまり、固定費を維持し、単価の高い人気商品を集中生産すれば大きな利益を生む。しかし、日本や欧米などの成熟市場では、「小ロット、高付加価値商品は高単価」だが、新興国対応商材では、「小ロット、高付加価値でも低価格」という要求に応える商品政策が求められるのだ。
こうなると、新興国に向けた自動車産業のグローバル展開が意味するのは、「新興国を目指す自動車メーカーは構造的に儲からない現実に遭遇する」ということなのだ。
冒頭で記したように、リーマンショック以前の自動車各社は先進国市場で競い、なかでも北米がメインマーケットだった。2000年代半ばの北米市場は、年間1500万台を超える巨大市場。しかも、米ビッグスリーの絶望的な凋落で、日系各社ほか、ドイツメーカーなどにとっては構造的に「儲け易い」市場だった。
ところが「新興国市場」と一口に言っても各国/地域によって自動車の嗜好が異なるのが実態である。高額所得者が多いともいわれる中国を筆頭に、各国のインフラや所得水準、ライフスタイルが大きく異なるからだ。
一例を挙げるなら、インドでは小型のハッチバックが主流だ。同じアジアでもインドネシアでは7人乗りのミニバン、タイでは小型ピックアップが好まれる。つまり、これらの市場にそれぞれ対応するために、「多品種」ラインアップを品揃えする必要がある。
加えて、新興国市場では、その「多品種」が未だ「少量生産」とならざるを得ず、かつ低価格化が求められる。長期成長市場の代表とされるインドを例に取ると、市場規模は2013年で324万台(米国市場の約21%)、平均単価は約6000~7000ドル(米ドルを60ルピーで換算すると、日本や米国の約1/4)に過ぎない。
つまり、北米市場で日系自動車メーカーが享受できた“高価格+大量生産”のメリットは得られない。加えてブラジルやロシアなど、他の新興国市場へも同時に対応しようとすれば、まさに「多品種少量生産」と「低価格化」に同時に対応することとなり、自動車産業が「構造的に儲かりにくくなる」わけなのだ。
世界の自動車メーカーが、超高額所得者の総数が限りなく多い中国に注力する意味はこのあたりにある。裕福層の割合ではなく数の規模が、中国マーケットの特徴だ。この先、各メーカーが狙う市場と戦略については別項でレポートするつもりだ。(編集担当:吉田恒)