iPS/ES細胞は再生医療の要として多大な期待が寄せられている。しかし、全てのヒトiPS/ES細胞を目的の細胞に分化させることは困難であり、一定数の未分化な状態のヒトiPS/ES細胞が残存してしまう場合があるという。ヒトiPS/ES細胞を患者に移植した場合には腫瘍を形成してしまう可能性があるため、移植用細胞に残存するヒトiPS/ES細胞を除去する必要がある。しかし、従来の一般的な技術では、細胞シートなどへの適用ができない、処理速度が遅い、移植用細胞の生存に悪影響を与える可能性がある、などの課題があった。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)創薬基盤研究部門 研究部門長 織田雅直、舘野浩章主任研究員、平林淳首席研究員、幹細胞工学研究グループ 小沼泰子主任研究員、伊藤弓弦研究グループ長らは10日、和光純薬工業試薬化成品事業部 開発第一本部 ライフサイエンス研究所と共同で移植用細胞から腫瘍を引き起こすヒトiPS細胞やヒトES細胞を除く技術を開発したと発表した。
産総研では、細胞表面を高密度に覆う糖鎖を迅速、高感度に解析する技術としてレクチンマイクロアレイを開発してきた。特に近年はレクチンマイクロアレイを活用して、ヒトiPS/ES細胞表面糖鎖を網羅的に解析することにより、幹細胞の品質評価・選別技術の開発に取り組んできた。その結果、糖結合タンパク質の総称であるレクチンの一種であるrBC2LCNがヒトiPS/ES細胞に特異的に結合することを見いだし、和光純薬工業との共同研究により、rBC2LCNを用いてヒトiPS/ES細胞を生きたまま染色できる試薬を開発した。
また、ヒトiPS/ES細胞への結合機構を解析したところ、rBC2LCNはポドカリキシンという糖タンパク質上の特定のO型糖鎖に結合することを明らかにした。さらに、さまざまな種類のヒトiPS/ES細胞からポドカリキシンが培養液中にも分泌されているという現象を見いだし、これを利用して細胞培養液を用いて移植用細胞に残存するヒトiPS/ES細胞を簡便に測定する技術を開発してきた。
今回、rBC2LCNがヒトiPS/ES細胞に結合した後に、細胞内に取り込まれるという現象を見いだした。そこで細胞内に取り込まれるとタンパク質合成を阻害し細胞死を引き起こす緑膿菌由来外毒素をrBC2LCNのC末端部分に融合させた組換えタンパク質(薬剤融合型レクチン)を考案した。生きた細胞を細胞質が緑色蛍光、死んだ細胞を核が赤色蛍光で染色処理し観察すると、薬剤融合型レクチンを培養液に添加していない(0 μg/mL)場合は、多くのヒトiPS細胞は培養皿に接着し、緑色蛍光で染色されたものの、赤色蛍光ではほとんど染色されなかった。つまりほとんどのヒトiPS細胞が生きていることを示している。
薬剤融合型レクチンはヒトiPS/ES細胞を除去するための試薬として1年以内に実用化される予定である。また、今後は再生医療に用いるヒトiPS細胞由来の心筋細胞や神経細胞などの細胞製造への適用性を検証することにより、ヒトiPS/ES細胞から作製した移植用細胞を用いた再生医療の安全性向上に貢献していくとしている。(編集担当:慶尾六郎)