これまで、ES細胞とiPS細胞では多くの遺伝子が異なる発現様式を示しているという報告がある一方、特定のiPS細胞はES細胞とほぼ区別がつかないという報告もあった。ただし、これらの解析は主にタンパク質の設計図となるメッセンジャーRNA (mRNA)やタンパク質の設計図として用いられないRNAであるノンコーディングRNA(ncRNA)だけを解析したもので、ES細胞とiPS細胞のncRNAを網羅的に解析する研究は行われていなかった。
これを受け、理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター トランスクリプトーム研究チームのピエロ・カルニンチ チームリーダー(副センター長)、アレクサンダー・フォート客員研究員と、理研統合生命医科学研究センター免疫器官形成研究グループの古関明彦グループディレクターらの研究グループは11日、ES細胞(胚性幹細胞)とiPS細胞(人工多能性幹細胞)で発現する全てのRNAを比較解析し、ES細胞で発現しているncRNAの多くが、iPS細胞では十分に発現していないことを発見したと発表した。
ncRNAとは、タンパク質の設計図として用いられないRNAの総称である。塩基配列に依存しない遺伝子の調節機構や転写、翻訳といった生物の活動の中枢をなす反応、幹細胞性の維持など、さまざまな働きに関与するncRNAが次々に報告されており、その重要性に注目が集まってきている。
同研究グループは、マウス由来のES細胞とiPS細胞を用い、ncRNAを含めた全転写産物(全RNA)の網羅的な発現比較を行った。その結果、ES細胞の核内で発現するncRNAの多くが、iPS細胞では十分に発現していないことが分かったという。
今回、ES細胞とiPS細胞の間には、ncRNAの転写量や種類に大きな違いがあることが分かった。これは、ES細胞では活性化されているエンハンサーなどの遺伝子制御部位が、iPS細胞では適切に誘導されていないことを示す。このため幹細胞性の制御に関与する遺伝子やlncRNAの発現が十分に起こらず、iPS細胞がES細胞と同一の性質を持つに至っていない理由の1つと考えられるという。同グループでは、iPS細胞で発現するncRNAの重要性を示した今回の成果は、さまざまなiPS細胞を適切に評価する方法の開発やiPS細胞作製技術の改良への貢献が期待できるとしている。(編集担当:慶尾六郎)