脱炭素は“燃料確保競争”へ ANA・JALが語る航空の危機感

2026年05月28日 11:43

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ANAとJALが共同で発表したSAF(持続可能な航空燃料)レポート第2版。航空脱炭素が「環境対策」から「燃料確保を巡る経済安全保障」へと変質する中、両社は国産SAF供給網の構築や“ジャパン・パッシング”回避への危機感を強めている。

今回のニュースのポイント

ANAとJALが発表したSAFに関する共同レポート第2版は、航空脱炭素が環境問題から国家の競争力を左右する「経済安全保障問題」へ変質した現状を浮き彫りにしています。世界供給量がわずか0.6%でコストが3〜5倍というSAFの争奪戦において、確保に遅れれば日本が選ばれなくなる「ジャパン・パッシング」を招きかねません。欧州の義務化による価格高騰の課題やシンガポールの賦課金制度を踏まえた「日本型モデル」の必要性を検証します。

本文
 全日本空輸(ANA)と日本航空(JAL)が共同で公表した、持続可能な航空燃料(SAF)に関する共同レポート『2050年航空輸送におけるCO2排出実質ゼロへ向けて(第2版)』は、一見すると一過性の環境対策や業界内の脱炭素戦略をまとめたロードマップの提示のようにも映りますが、その記述を精読すれば、これが単なる企業の社会的責任(CSR)を語る次元を遥かに超え、国家の物流・人流の維持、ひいては情報化社会における日本の経済主権そのものの危機に根ざした「重厚なインフラ論」であることに気づかされます。

 レポートの随所に散りばめられた表現の中で特に目を引くのは、今やSAFの調達は一企業の努力の範疇を超え、国家の航空競争力をも左右する経済安全保障の課題へと発展しているという極めて踏み込んだ明言であり、代替燃料の国内自給率向上と安定確保の成否こそが、将来にわたって日本の航空ネットワークを維持するための不可欠な基盤に直結するという、強烈なリアリズムに貫かれている点にあります。背景にあるのは、世界的なカーボンニュートラルへの潮流の加速によって国内製油所の再編が進み、従来の化石由来ジェット燃料そのものの供給網すら揺らぎ始めているという不確実な世界情勢と、それに伴う次世代燃料の冷徹な国際確保競争です。

 現在の国際社会において、航空輸送産業は世界全体のCO2排出量の約2%を占めていると同時に、他の陸上モビリティのようにバッテリーによる完全な電動化や代替エネルギーへの全面移行が技術的に極めて困難であるという、多排出業界としての構造的な課題を宿命的に背負っています。一方で、国際航空運送協会(IATA)の調査によれば、島国である日本の航空輸送は国内で約200万人の雇用を支え、年間約17兆円規模という国内総生産(GDP)の2.8%に相当する巨大な経済波及効果をもたらしているほか、政府が掲げる「2030年に訪日外国人客6,000万人」という成長戦略の屋台骨そのものです。

 さらに、離島や地方を結ぶ移動の足としての生活路線や、緊急時の医薬品輸送、災害支援を担う極めて公共性の高いライフラインでもあるため、この基盤を維持するための航空燃料の確保は環境論という枠組みを超え、日本の経済安全保障そのものであるという認識が、両社の共通した前提となっています。だからこそ、既存の機体や給油インフラをそのまま流用しながらライフサイクルCO2を最大80%程度削減できるSAFの導入は、航空業界の単なるイメージ戦略ではなく、産業としての生存と持続性を決定づける有力な切り札として位置付けられています。

 しかし、この切り札を巡る世界の現状は極めて過酷であり、航空輸送行動グループ(ATAG)が2026年1月に公開した最新レポートの指摘は、脱炭素に向けたタイムラインの厳しさを物語っています。2050年の目標達成においては、総削減量のうち38%から58%をSAFの導入によって賄う想定であるにもかかわらず、現在における世界のSAF供給量は全航空燃料のわずか0.6%という、極めて低い水準に留まっているのが現実です。

 さらに、現在主流となっている廃食油などを原料とするSAFは世界全体で激しい争奪戦が展開されており、その製造・調達コストは従来のジェット燃料と比較して3倍から5倍程度の高値で推移しています。ATAGは、2030年までの5年間でSAFの爆発的な増産と公的支援を含む価格の低廉化が実現しなければ、2050年の実質ゼロの達成は不可能になるか、さもなければ社会全体が膨大なコスト負担を強いられることになると警告を発しており、まさに猶予のない時間との戦いが始まっています。

 このエネルギー転換期において、世界各国では地域特性に応じた独自の制度設計が試みられていますが、先行する欧州の事例は市場の歪みという新たな教訓を提示しています。欧州連合(EU)が推進する「ReFuelEU Aviation」は、法的拘束力を持って2050年に混合比率70%を目指すという強力な供給義務化に踏み切りましたが、国内の供給能力が未整備な段階で需要だけを強制的に創出する規制的アプローチを強行した結果、寡占的なサプライチェーンのもとでSAF価格の異様な高騰を招き、航空会社に過大な経済的重荷を負わせる結果となっています。IATAも、この急進的な義務化はSAFの生産拡大と安定的導入を加速させることに失敗したと明快に警鐘を鳴らしています。一方でシンガポール政府は、2027年1月からの出発便を対象に旅客の座席クラスや飛行距離に応じた賦課金を徴収し、国が一括調達する資金に充てる「SAF Levy」の導入を決定しており、急激な価格変動リスクから利用者を保護しながら、社会全体で脱炭素コストを広く薄く分担する独自のモデルを模索しています。

 日本においても2026年1月に開催された官民協議会において、将来的な自律成長を見据えた初期需要の創出として、燃料供給事業者に対する一定比率の供給義務化などの規制措置の導入や、利用者の理解が得られる範囲で広く一定の負担を求める仕組みづくりの検討方針が示されました。ここで重要なのは、日本が欧州のような急進的かつ不均衡な需給バランスによる市場の混乱と価格高騰を回避し、国内の実際の供給能力と制度導入の速度を精密にコントロールした、実効性の高い独自の「日本型モデル」をいかに構築できるかという点です。

 製造コストが高いSAFの普及と、人流・物流を支える航空ネットワークの維持を両立させるためには、特定の主体や航空会社だけに過大な経済的負担を強いるのではなく、透明性と公平性を担保した上で、社会全体がこの脱炭素のコストを分かち合うような一律の仕組みの構築に向け、政府と対話を継続していくことが不可欠と考えられます。

 今回の共同レポートが持つ最大のメッセージとは、本来は市場で激しく競争するANAとJALという二大航空会社が、「日本の空を支える両翼」として競合の垣根を越え、共同で国家レベルの危機感を表明せざるを得ないほど事態が切迫しているという事実そのものです。両社は、Scope3におけるサプライチェーン全体の排出量削減に貢献し、高コストなSAF導入を顧客とともに支え合う企業向け削減プログラムを展開しており、参画する企業や団体は延べ358社にまで拡大しているほか、国産SAFの普及を目指す有志団体「ACT FOR SKY」のメンバーも50社へと拡大しています。

 2050年にはアジア圏だけで約24兆円規模に達すると予測されるこの巨大な次世代燃料市場において、日本が主導権を確保することは、単なる環境対策の成功を意味するものではありません。国内における強固な国産SAFのサプライチェーンの構築を通じて、産業界全体の幅広い再生可能エネルギー・イノベーションを力強く後押しし、日本経済に新たな成長の柱を打ち立てるという、攻めのエネルギー戦略への転換を意味しています。移動という絶対的な価値を守り抜き、持続可能な空のインフラを次世代へと引き継ぐための戦いは、一産業の課題から国家のインフラ運営の未来にも関わる課題へと、確実にそのステージを移しています。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)