日本のカメラ産業に忍び寄る2つの影

2012年12月16日 16:58

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業界シェアトップのキヤノンも満を持してミラーレスに参入したことで、2012年のレンズ交換式デジタルカメラ市場は例年以上の盛り上がりを見せた。

 21世紀になり、カメラもフィルムからデジタルへ移行の道を選ばざるを得なくなった。最近では、アマチュアの世界ではもちろん、プロの現場でもデジタルカメラが使用するケースがほとんどで、一部を除いてアナログからデジタルへの移行は完全に終了したと言える。デジタルカメラが普及以降、その短い歴史を振り返ってみると、特に大きなスポーツイベントが開催される年には、デジタルカメラは劇的な進化を遂げているように見受けられる。2004年に開催されたアテネオリンピックからその流れは顕著になり、その後、サッカーワールドカップや夏期・冬期オリンピックが開催されるイヤーには、特に一眼レフデジタルカメラの市場が盛り上がる傾向にあるようだ。

 その理由としては、スポーツビッグイベントが開催される前に、スポーツ現場でのプロユース向けに、フィルムカメラの時代から長年のライバル関係にあるキヤノン やニコン が、最新のフラッグシップモデルを開発することが挙げられる。ブランドの誇りを懸け、最新の光学技術を結集した最上級モデルを、満を持してオリンピックイヤーやW杯が開催される年にぶつけてくるのだ。そこで生まれた最新製造ノウハウを応用し、量産型ミドルクラス・エントリークラスの一眼レフモデルに落とし込み、市場に投入してくる。他のメーカーもそれに対抗するためにニューモデルを投入したり、既存のモデルをバージョンアップし、ラインナップを強化することで、レンズ交換式デジタルカメラ市場全体が活性化すると考えられる。

 今年2012年は、ロンドンオリンピックイヤーだった。もちろん、キヤノンとニコンの両雄もフラッグシップモデルを発表し、プロだけではなくハイアマチュア層のユーザーをも取り込んだ。オリンピック終了後は、そのフラッグシップモデルをスペックダウンしたモデルも登場。キヤノン、ニコン、ソニー は、今までプロやハイアマチュア向けにターゲットを絞っていた35mmフルサイズセンサーを搭載したハイスペックな一眼レフのニューモデルを、価格を抑えミドルクラスのアマチュア向け発売し、写真を撮る事に面白さを感じ始めた一般のユーザー層を取り込むことに一定の成果を出しているようだ。さらに今年は、昨年の東日本大震災やタイの洪水などで、開発・生産が遅れていた分、今年に入って生産体制が徐々に整ってきたことで、その遅れを取り戻すような動きになったことも、新製品ラッシュにつながった原因だと考えられる。

 しかし、今年のデジタルカメラ市場を振り返る上で、忘れてはいけないのが「ミラーレス」の存在だ。こちらは北京オリンピックが開催された2008年に、家電メーカーのパナソニック がそれまでの一眼レフカメラの常識を覆し、反射ミラーを取り除いたミラーレスカメラを発表した。光学ファインダーの変わりに、電子ビューファインダーや液晶ディスプレイを使って、被写体を確認しながら撮影するという方式で、従来の一眼レフカメラと比較して、小型・軽量化・低価格化を実現したことで、カメラをファッションの一部と考える若い女性や、コンパクトデジカメの画像では満足できなくなった人々、またはミドルクラス一眼レフカメラのサブ機を求めていたユーザー層などから支持を集めた。その後、老舗の光学メーカーであるオリンパス や、デジタルカメラで世界ナンバー2の存在となったソニーなども追随し、各メーカーがオリジナリティ溢れる商品を次々発表。既に2010年の時点で、レンズ交換式カメラの中でミラーレス機が閉める割合は3割を超え、デジタルカメラの分野において、「ミラーレス」という新たなジャンルを確立したのだ。

 このような状況を、一眼レフカメラの2強も黙って見過ごすことができなくなった。2011年にはニコンが、小型・軽量でありながら、ミドルクラス一眼レフと同等の画質を実現した「Nikon 1シリーズ」を発表。そして、今年は、世界シェアトップのキヤノンが、ようやく重い腰を上げ、「EOS-M」という新商品でミラーレス競争に参戦してきた。この2社の参入により、ミラーレスめぐる競争は一層激化し、ソニー、パナソニック、オリンパス、富士フィルム 、そしてペンタックスなどが各々の路線で次々新モデルを発表し、ミラーレスカメラが2012年のデジタルカメラ全体の市場を牽引する形となった。

 最近、高画素のカメラ機能を備えたスマートフォンが爆発的な普及していることから、コンパクトデジカメの存在感は薄くなってきたように思われる。カメラメーカーは、この分野でもスペックのレベルを上げ、スマートフォンとの差別化を図っているが、コストの低価格化により利益が薄くなっているのが現状だ。それとは対照的にレンズ交換式のカメラは、ユーザー層は限られるものの、一定の利益が計算でき、レンズを交換することから、ボディのみならずレンズの売上も期待できる。特にミラーレス機に関しては、ターゲット層が広く、まだまだ小型・軽量化のニーズが強いため、さらに市場を拡大するポテンシャルを秘めている。

 しかし、日本のカメラメーカーも国内のライバルの動向だけを注視していれば良い時代は過ぎようとしている。海の向こうから2つの巨大な影が近づいているからである。韓国のサムスンが、日本のカメラメーカーが独占していた世界のデジタルカメラ市場において、徐々にシェアを拡大しつつあるのだ。世界中で大ヒットしたスマートフォンでの戦略と技術をデジタルカメラに転用し、2010年にはミラーレスカメラにも参入。現在は世界シェアの1割程度を閉め、世界第4位となり、さらに高級デジタルカメラゾーンをも狙う勢いだ。さらに、高画質なカメラ機能を搭載したiPhoneで、デジタルカメラ業界にも衝撃を与えた米アップル社が、本気でデジタルカメラに参入することになれば、日本のカメラメーカーが独占してきた世界における勢力図は劇的に変化することが容易に予想できる。

 レンズ交換式高級カメラの分野は、フィルムからデジタルに移行しても、ファイダーや大口径レンズの設計などに関わる高い技術など、日本メーカーが長年培ってきたカメラやレンズ作りに関するノウハウと実績の蓄積による強みがあり、一眼レフカメラ作りのノウハウを持たない海外勢の参入には大きな壁があるとされていた。しかし、ミラーレスカメラが登場し、比較的にセンサー以外の構造は簡略化されたことで、実績の少ない電子機器メーカーなどからの参入が容易になった。さらに、生産拠点を海外に置いたことで、ハイスペックなカメラを作る高度な技術が海外勢に流出してしまったのではないかと危惧する見方もある。

 とは言っても、世界のデジタルカメラ市場においては、キヤノン、ソニー、ニコンの3強で50%程度を占めており、特にハイグレードなレンズ交換式に絞ると、その占有率はさらに圧倒的なものになる。しかし、かつて世界中で支持されていた「日本のテレビ」の凋落ぶりを目の当たりにしてきただけに、日本のカメラメーカーには、テレビ産業と同じ道を辿らないよう、ブランド名や過去の実績に胡座をかかずに、自由競争のもとで、その底力を世界に改めて見せつけるぐらいの覚悟で勝負してもらいたいものだ。(編集担当:北尾準)