コロワイドが本当に欲しいのは「牛角」ではなく「土間土間」か?

2012年09月10日 11:00

 焼肉店チェーンを買収しても「お荷物」でしかない  9月7日、居酒屋「甘太郎」「北海道」「いろはにほへと」などを運営する飲食店チェーンのコロワイドが、10月に焼肉店「牛角」、居酒屋「土間土間」などを運営するレインズ・インターナショナルの持株会社、レックス・ホールディングス(非上場)を傘下におさめると発表された。コロワイドが約137億円で投資ファンドからレックスHDの株式を取得して、その議決権の66.6%を保有し、完全子会社化するという。7日の東京市場ではコロワイド株に買いが集まり、一時は前日比26円高(+3.8%)をつけた。相場解説には「大手焼肉チェーンの傘下入りによる収益拡大効果を期待」という趣旨のことが書かれていた。

 確かに居酒屋チェーン主体のコロワイドは、焼肉店チェーン「牛角」を加えれば業態の幅も企業規模も大きく拡大できる。グループ総店舗数は925に1228を足せば2153になり、売上高は1019億円に747億円を足せば1766億円に増える。しかし、牛角の収益性に利益の拡大効果があるかどうかという点では大いに疑問がある。というのは焼肉店には今、逆風が吹いているからである。

 2011年4月にフーズ・フォーラス(同年7月に廃業)の焼肉店「焼肉酒家えびす」で集団食中毒事件が起こり、同年10月1日には調理法の新基準が施行され、今年7月1日には牛の生肉を使ったユッケ、レバ刺しの提供が禁止された。消費者の焼肉離れが起きて客足が遠のいていたが、事件発生から1年半たって、ようやく上向きの兆しが見え始めたというところである。2011年度の焼肉専門店の業績を見ると、連結経常利益は安楽亭、さかいが赤字転落、あみやき亭が28.4%の大幅減益という惨状だった。レックスHDは前期とほぼ同じ29億円の連結経常赤字になっている。牛角単独の利益の悪化ぶりはわからないが、推して知るべしだろう。

 牛角は食中毒事件と全く関係がなく、降ってわいた災難とも言えるが、コロワイドがガラガラの状態からようやく持ち直し始めたばかりの焼肉店チェーンを買収しても、それは当面、収益の足を引っ張る”お荷物”ということになる。居酒屋を主力とするコロワイドが、店舗の形態も食材も客層も異なる牛角をあえて欲しがっているとは思えない。同社にとってレックスHDが持っている魅力的なものは、別にある。それは居酒屋チェーン「土間土間」だ。

 「土間土間」が加われば居酒屋業界のトップも射程内に

 土間土間は2001年に初出店した居酒屋チェーンの新興勢力だが、FC方式を併用して1年に20店舗以上というペースで順調に店舗数を増やし、今年5月時点で全国に236店舗ある。今、居酒屋業界の関係者の間では最も「気になる店」になっている。世間では戦国時代や幕末やメルヘンをイメージした「コンセプト居酒屋」がテレビで紹介されて話題になったりしているが、そんな”色もの”など彼らにとっては全然怖くないという。それよりも、「女子会」などと称して若い女性が毎晩ゾロゾロやって来て、その同伴で、あるいは女性の匂いにおびき寄せられて男性客が来店する土間土間のほうが、ずっと恐れられている。

 和洋折衷のモダンなインテリア。間接照明の落ち着ける空間。店員のファッショナブルなコスチューム。高級感がありながら、お酒も料理も価格はそこそこリーズナブル。来店する男性客の客筋も良い。学生がチューハイをイッキ飲みしているような従来型居酒屋チェーンの騒々しい店舗とは、まるで別世界のような光景だ。そのように思い切って若い女性に的を絞ったコンセプトが、「おしゃれな居酒屋」として人気を集め、成長を続け、業界に新風を吹き込んでいるのである。コロワイドがこの土間土間を、「甘太郎」「北海道」「いろはにほへと」など既存の居酒屋ブランドのラインナップに新たに加えることの意味は大きい。

 居酒屋チェーン業界は1992年の1兆4629億円をピークに長期低落傾向が続いており、2011年には1兆円の大台を割り込んだ(外食産業総合調査研究センター「外食産業市場規模推計」の居酒屋・ビヤホール等の数字)。この「失われた20年」の間に、「村さ来」「北の家族」「すずめのおやど」など、有名チェーンがバタバタと経営破たんした。コロワイドの売上高も08年度から09年度にかけて1173億円から1066億円に落ち込んだ後、1011億円、1019億円と横ばい状態で、業界第2位ながら首位のモンテローザ(「白木屋」「魚民」「笑笑」などを運営)の売上高1487億円との差が開いている。

 だがここで、土間土間を新たにブランドのラインナップに加えることができれば、コロワイドは居酒屋業界ナンバーワンの座を射程内にとらえることができる。たとえ現状ではモンテローザに及ばなくても、土間土間の成長力をもってすれば、近いうちに追い越せるという計算が立つ。創業者が有名人で派手にいろいろやっているが、本業の外食事業だけ取り上げれば売上高は768億円で減収続きというワタミなど、大きく引き離すことができる。土間土間が傘下に入れば食材の共同仕入などでスケールメリットが出るだけではない。甘太郎など他のブランドにとっても、土間土間ブランドの好イメージが集客に影響したり、土間土間のノウハウで店舗オペレーションが改善するといった波及効果も、期待できるだろう。

 牛角を外部に売却するという可能性も否定できない

 コロワイドは現在、「味のがんこ炎&がんこ亭」「焼肉宮」などの焼肉店チェーンも運営しているが、牛角と比べると店舗数はずっと少なく、事実上はローカルチェーン。全国規模の「牛角」が新たにブランドとして加われば、それに吸収されてしまいそうだ。収益性を度外視すれば、日本最大の焼肉店チェーンが加わることによる売上規模の拡大効果は大きい。だが、そのための買収費用を考えた場合、ここで一つのシナリオとして思い浮かぶものがある。それは牛角部門を丸ごと外部に売却してしまうというオプションである。

 レックスHDの連結純資産は142億円の欠損、つまり債務超過になっていて、そのまま子会社化するとコロワイドの連結バランスシートを大きく悪化させる。そこで、コロワイドはレックスHDの借入負債を肩代わりする形で貸付債権を現物出資する「デット・エクイティ・スワップ(債務の株式化)」という方法で買収する。そうすれば表面上は連結純資産の欠損は消える。だが、借入金を肩代わりする買収費用の償却は、キャッシュフロー計算書の「現金及び現金同型物」の6月末の残高が85億円の会社にとって決して軽くはない。新規投資の手を縛り、株価の押し下げ要因になる。ここで”お荷物”を引き受けるか、それとも手放して身軽になるか。牛角は他社の不祥事のとばっちりで客足が遠のき収益性が落ちたとはいえ日本最大の焼肉店チェーンで、ブランド価値も含めた「のれん代」だけでも資産価値は相当ある。どこかに売却すれば、買収費用の埋め合わせは十分できるはずだ。交渉の成り行き次第では、新規投資を機動的に行うための現預金を豊富に持てるかもしれない。今の時代、キャッシュを持つことは経営の大きな武器になる。

 実は、買収先のレックスHDは債務超過の状況を少しでも改善するために子会社を売却し現金化してきた実績がある。2009年にはコンビニの「am/pm」をファミリーマートに売却し、2011年にはシーフードレストランの「レッドロブスター」と、往年の高級スーパー「成城石井」を、それぞれ売却している。どれも、それなりに名が通った価値のあるブランドだった。牛角もまた、価値のあるブランドである。買い手はすぐに見つかるだろう。

 食中毒事件で業績が落ち込み、この先も”お荷物”になりかねない焼肉店チェーンの立て直しに苦労する道を選ぶのか。それとも成長中で業界から注目されているピカピカのブランドを手に入れて、以前から豊富なノウハウを持つ居酒屋チェーンへの「選択と集中」を行い、念願の首位を奪取する道を選ぶのか。神奈川県逗子市にあった小さな今川焼の店の店主から身を起こし、総合飲食企業コロワイドを築き上げた創業経営者、蔵人金男氏にとっては、大きな分岐点ではないか。どんな経営判断を下すのか、興味深い。