オリンパスに「兄弟になろう」と言い出したテルモの思惑は

2012年07月30日 11:00

 ソニーが勝ったと思われていた戦いに「待った」をかけて挑戦してきたテルモ

 7月26日、テルモは「オリンパスに対し、共同持株会社方式による経営統合の提案を行った」と発表した。オリンパス再建のスポンサー(資本提携先)がどこになるかという問題は、今年6月6日に「パナソニックが有力」という報道が流れたが、6月22日に一転、「ソニーと資本提携へ」というニュースが流れ、パナソニックは撤退して決着がついたと思われていた。富士フイルムホールディングスとテルモも名乗りをあげていたが、両社は最初からソニー、パナソニックによる争奪戦の脇役に過ぎないとみられていた。

 その脇役が突然、主役に躍り出た。芝居にたとえるなら、けっこう面白い筋書きだ。冒険活劇「スキャンダルで泥にまみれたオリンパス姫の危機を救う騎士は誰か?」の主役はソニー卿とパナソニック卿で、両者の一騎打ちは最初のうちパナソニック卿が有利とみられていたが、ソニー卿が大逆転して勝利を得た。勝者としてオリンパス姫の前に進み出て、うやうやしくその手にキスをしてそこで芝居は終わった、はずだった。

 ところが、姫に思いを寄せながら引き立て役に甘んじ、大物騎士の一騎打ちの成り行きを指をくわえて眺めていたテルモ卿が、観客のカーテンコールを受けた後、閉まりかけていた舞台の幕を無理やり開けさせ、突然、「その勝負待った! まだ終わっていない!」と大声で叫ぶ。そしておもむろに舞台に上がって、改めてソニー卿に一騎打ちの挑戦状を叩きつけたのである。

 観客にしてみればサプライズで、冒険活劇の続きが見られると面白がるところだが、メディアは全般的に「何をいまさら」と、「芝居のエンディングのささいな余興」のような扱い。オリンパスとソニーの両社が社内に提携に向けたプロジェクトチームを発足させ、詰めの段階に入っているといわれる交渉に、テルモが横槍を入れてパフォーマンスを演じて何の得があるのかという論調があったり、ソニーやパナソニックと企業規模がまるで違うテルモの行動は無謀で滑稽なニセ騎士ドン・キホーテのようであるかのように書かれたり、「負け戦承知で、何か他の狙いがあるのではないか?」という見方をされたりした。

 だが、ソニーとテルモでは、提案の中身がまるで違う。そもそも一騎打ちの武器が違うのである。ソニー卿の武器が槍だとしたら、テルモ卿の武器は”横槍”などではなく、弓矢や鉄砲で勝負を挑んできたようなものだ。武器が違い、小兵でも戦いぶりがあっぱれなら、テルモの提案に魅力を感じたオリンパスが心変わりし、どんでん返しの結末を迎える可能性もないとは言えない。少なくとも「負け戦承知」ではなく、テルモにも勝算はあると見てもいいのではないだろうか。なぜならこの勝負、「力の対決」だけでは決着はつかないからである。

ソニーの構想とは中身がまるで違うテルモのオリンパス統合提案

  ソニーによる資本・業務提携の提案は、伝えられるところによると約500億円を出資してオリンパスの資本を増強し、内視鏡分野で共同出資会社を設立するという内容である。重複するデジタルカメラ事業でも効率化を図る。「画像センサー技術がオリンパスの内視鏡に使われたら医療の分野を開拓でき、ソニーにメリットがある」と盛んに伝えられたように、技術を軸にした事業構想という観がある。ソニーにしてみれば「助けてあげますから見返りに期待します」という感覚だろう。

 ソニーは大赤字だ、大赤字だと盛んに言われるが、過去の蓄積が効いて2012年3月期連結決算の「現金・預金及び現金同等物期末残高(現預金残高)」は8946億円もあり、それに比べると出資額約500億円の存在感はそれほど重大とは思えない。しかし、テルモにとってはその金額は重大である。2012年3月期決算で連結最終損益が4566億円の赤字のソニー、7721億円の赤字のパナソニックとは違い、テルモは242億円の黒字だったが、現預金残高は738億円とソニーの10分の1以下で、フリーキャッシュフローは1911億円のマイナスだった。財務の余裕が乏しいので、もしもオリンパスと経営統合して500億円を出資することになったら、新規の借入やエクイティ・ファイナンスの必要があるかもしれない。提案に盛り込まれた「経営統合を前提にしたオリンパスへの500億円の出資」は、まさに社運を賭けた一大投資なのである。今後のソニーとの一騎打ちでは「捨て身の攻撃」をかけることになるので、それが無謀だと批判されている。

 だが、「共同持株会社による経営統合」には、出資額がソニーと同じ500億円であっても、「テルモとオリンパスはお互いに対等」というニュアンスがある。企業規模は違うが、共同持株会社のもとでテルモとオリンパスが事業会社としてぶら下がれば、形の上ではお互いに「兄弟」だ。しかも、売上高が3867億円と小さい方が、8485億円と大きい方を助ける。テルモにしてみれば「助けてあげる」ではなく「同じ家の兄弟になる」という感覚ではないだろうか。

 その感覚は、ソニーが提案する内視鏡分野に限定した共同出資会社が設立されても、おそらく生まれないだろう。オリンパスにとって内視鏡は大黒柱だが、ソニーにとっては「ワン・オブ・ゼム」に過ぎないからである。テルモの事業は医療の分野がほぼ100%で、オリンパスと売る商品は全く違うが、販売先の医療機関は重なりあっている。だからオリンパスにとってソニーやパナソニックと同一視はできない相手だ。「お客さんが共通する同士、一緒になれば営業を効率化して医療分野でより強くなれる」というメリットは、デジタルカメラ分野などの数倍、強く感じられることだろう。

 また、資本増強の金額が同じでも、「ソニーに助けられている」と「テルモとは兄弟の関係」では、スキャンダルで低下したオリンパス社員のモラール(士気)の高揚を図る点でも、違いは出てこないだろうか。単純化して言えば、オリンパスに対してソニーは「ギブ・アンド・テイク」の関係を求めている。それは援助を与える方と援助を受ける方の関係である。一方のテルモは「ファミリー」の関係を求めている。それは形の上ではお互いに対等な関係である。

 提案の中身が全く違う。すなわち全く異なる武器で戦おうとしているのだから、単純な「力の対決」だけで決着をつけることはできない。テルモが最初から統合提案の手の内を明かしてM&Aを働きかけるという、他にあまり例のない発表を行ったのは、そこに狙いがあったと思われる。だからテルモにも勝算はあると見てもいいのではないだろうか。少なくとも無謀なドン・キホーテの討ち入りではない。

 はたしてオリンパスの経営陣、そして株主は、ソニーとテルモのどちらの提案を支持するだろうか。企業価値の向上という点でどちらが有利になるかを「慎重に検討して決める」と伝えられているが、十分な資金力があり、提携話を先に進めていた義理もあるソニーは、やはりリードしているのだろうか。それとも……。