治験推進を阻む、ヘルシンキ宣言の壁

2013年01月27日 11:32

  医療は日進月歩で進化を遂げている。最新の医療を迅速に受けられるかどうかは、国民の健康を左右するだけでなく、その国の医療の発展にも大きく影響する。

  諸外国に比べて日本の新薬認可が遅い原因は体制面の不備にあると指摘する意見がある。例えば、諸外国においては、治験を担当する医師と製薬企業とが直接契約を結び、治験の報酬は直接医師に入るシステムになっている場合が多い。しかし、日本ではこの直接契約システムが認められていないことなどが、開発が進まない一つの理由として挙げられる。

  また、日本国内の病院内での治験業務に対する評価が一般的に低いことも大きな問題だ。診療の合間をぬって多くの臨床試験を手がけたとしても、それが業績として評価されることは少ないのだ。

  また、日本では「ドラック・ラグ」の問題が深刻であり、治験の結果を論文で発表しても、すでに海外の治験担当医師によって、同薬剤の治験結果が発表されていることが多い。明らかに特異なケースや発見、人種に影響される治験結果などが出ない限り、同様の結果が出るので、後から発表した論文の価値は大きく下がる。学会で話題に上ることもなく、注目を浴びることもない。

  金にも名誉にもならないうえに、評価もされないことを好んでやる物好きはいない。これではたとえ研究熱心な医師でも、治験に対する意欲は低下してしまうだろう。すでに海外で開発が終了している治験に対しては尚更だ。その結果として、日本国内での治験がますます遅れてしまう悪循環が生まれている。

  また、治験コストの問題も大きい。日本では治験に対する理解も低く、治験患者を1名集めるのにも、米国の十数倍の時間がかかるといわれている。その他にも様々な要因があるものの、1症例あたりに換算した治験費用は、米国の2倍以上になるとも言われているのだ。ただでさえ、新薬の開発には莫大な費用がかかるのに、それが2倍以上ともなると製薬企業にかかるリスクは計り知れない。

  最近では、被験者のスクリーニングやインフォームド・コンセントのサポートを行なう治験コーディネーターの活躍などにより、治験に対する医師の理解が進みつつあることで、日本の治験の質も改善の傾向にあるといわれている。

  そして、一番の問題は「法」だ。日本では難病といわれる疾患でも、欧米で使用されて効果のある医療技術や薬は数多く存在する。しかし、その中には日本国内で使うことができないものも多い。

  その壁となるのが「ヘルシンキ宣言」と呼ばれるものだ。ヘルシンキ宣言とは、1964年に世界医師会で採択された、医学研究者が自らを規制する為に採択された人体実験に対する倫理規範のことで、患者、被験者の福利の尊重や、被験者本人の自発的かつ自由意思による参加などの原則に基づいている。ちなみに日本では、全ての大学医学部、医科大学、および主要な研究機関に倫理審査委員会が自主的に設置されている。

  もちろん、被験者の生命を守るためには厳しい倫理観は必要であるが、先に述べたように治験に対する理解や協力が進んでいない日本においては、大きな壁となっているのもまた事実だ。安倍政権が成長戦略の一環として医療問題を挙げているが、規制緩和などが進み、国民の治験に対する正しい理解が広がることを期待したい。(編集担当:藤原伊織)