安倍政権が、アベノミクスで掲げる「財政政策」「金融緩和」「成長戦略」の三本の柱。その柱の一本「成長戦略」の一環として、政府は医療分野を経済成長分野の一環と位置づけ、新薬承認の手続きや規制の抜本的な見直しに向けて意欲を示している。
現在、欧米で開発された新薬が、それがたとえ欧米諸国では承認を得ており、すでに販売も開始されている薬だとしても、日本での使用が認められるまでには、日本国内での治験実施と審査などを行なうため非常に長い時間がかかっている。他国で新薬が発売されたとき、その薬が日本で認可が下りて販売されるようにまでの平均期間はおよそ2年。欧米の平均1年4ケ月と比べると、はるかに遅い。それでも以前よりは早くなった方だといわれているが、疾患に悩む患者や医療の最前線で戦う医師にとって、この時間差は大きい。単純に言えば、日本の患者は同じ症状を抱える欧米の患者に比べて、治療が遅れたり、それによって生命の危機にさらされるリスクが高くなるということだ。
新薬が承認されるまでにかかる日本と欧米とのこの時間差、あるいは、海外諸国で新薬が販売されているにもかかわらず、日本国内では販売されていない状態のことを「ドラッグ・ラグ」と呼ぶ。ドラッグ・ラグを解消する方法として、「国際共同治験」という方法がある。「国際共同治験」は、新規医薬品の開発及び承認を世界規模で企画する臨床試験のことで、一つの治験に複数の国や地域の医療機関が参加し、共通の治験実施計画書に基づき、同時並行的に進行するものだ。
国際共同治験を実施することで得られるメリットとしては、全体的な被験者数は増えるが各国で必要な被験者数が少なくなるので、治験を比較的短期間で終了できることが挙げられる。また、症例数だけでなく、人種などバラエティにとんだデータが採取できるので、副作用の頻度や重症度などの正確な数字が分かるのも大きなメリットだ。もちろん、新薬による治療開始時期が早まるので、患者としても治療機会の喪失を防ぐことができる。
さらに、製薬企業のメリットも大きい。世界で同時に開発・申請・承認が可能になることで、世界各国での新薬の販売時期がそろい、本来なら販売時期が遅い国でも、通常より早く販売できるようになる。つまり、その分だけ売上げ向上につながるのだ。ところが、日本の治験コストは海外に比べて高く、治験に要する時間もかかるので、アジアでの国際共同治験から日本が除外されることが珍しくないという。少しでも早く治験を終わらせて販売にこぎつけたい海外の製薬企業としては、当然の経営判断だといえるだろう。
このままでは、日本はアジア諸国の中で最も治験が遅れた国になりかねない。そうなると当然、日本国内の医療の質も海外諸国よりも劣るものとなるだろう。製薬会社のダメージも大きく、日本の研究者たちの意欲減退にもつながる。日本としては、国際共同治験に参加できるよう、治験の迅速化、そして、低コスト化を早急に進める必要があるのだ。
ドラッグ・ラグは、深刻な医療問題であるとともに、日本の製薬業界の根底を揺るがしかねない経済問題でもある。安倍政権が、この日本の医療を衰退させる「ドラッグ・ラグ」の問題にどこまで切り込み、改善を図れるのかは、患者だけでなく、日本の医療業界の未来を左右することになるだろう。(編集担当:藤原伊織)