コーラを「健康にいい」と思って飲んでいる人は、おそらくほとんどいないだろう。高校の運動部では「炭酸は骨を溶かす」と言って部員に「コーラ禁止」を言い渡しているところがある。もちろんそれは単なる迷信だ。
ところが、「消費者庁(以前は厚生労働省)許可特定保健用食品」いわゆる「トクホ」のコーラが初めて発売された。骨粗鬆症予防のカルシウム入りドリンクとか、貧血予防の鉄分補給サプリメントとか、そういうものと同じ「トクホ」である。4月24日に発売されたキリンビバレッジの「キリン・メッツコーラ」がそれで、同社によれば、コーラ系飲料が許可されたのはトクホ史上初だという。
「コーラのように糖分が多い飲み物が、どうしてトクホなんだ」。こんな疑問を持たれるのは、当然だろう。
だが、このメッツコーラは糖分がゼロ。1本当たり5から15キロカロリーで、ほぼ同容量のコカ・コーラの215キロカロリーの15分の1以下。食物繊維の一種「難消化性デキストリン」を配合しており、これは食事の際に脂肪の吸収を抑え、食後の血中中性脂肪の上昇を抑制する効果が実験で確かめられたという。そのため、健康にいい機能を持っているトクホとして許可を受けている。希望小売価格は480ミリリットル入りで150円と、他のコーラよりも10円高くなっている。
年間販売目標は当初、100万ケースだったが、その半分を発売後たったの2日でクリアした、というのがキリンビバレッジの公式発表で、それが盛んに引用され、メディアは「バカ売れ」と報じているが、その後の売れ行きの続報がない。店頭で「入荷待ち予約受付中」だったという情報がチラホラあるぐらい。5月10日現在、発売から17日たっており、ゴールデンウィークは行楽需要で清涼飲料水の売上が伸びるので、1日50万ケースの勢いなら単純計算で800万ケース売れてもおかしくはないのだが……。
その疑惑はともかく、ネット上ではこのトクホコーラの評判が、まずい、意外にいける、ダイエット効果がある、いやないと、賛否両論にぎやかなのだ。それだけ話題になり、今は試しに買って飲んでみる人が多くて、けっこう売れている証拠だと言えるのかもしれないが。このトクホコーラの話題の背景に、キリンの一つの戦略が見えてくる。
キリンビバレッジはキリンホールディングスの子会社だが、医薬品・バイオの協和発酵キリンも同じく同社の子会社である。トクホを取るには「難消化性デキストリン」のような素材が必要で、健康への効果を実証して結果を消費者庁に申請しなければならず、研究開発部門が充実して治験を行っているような医薬品部門を持つ企業グループは、それだけ有利になる。協和発酵キリンは医薬品ではアメリカのアムジェンと手を組んで製販一貫体制を確立した準大手で、バイオケミカルでは味の素と肩を並べる。十分な実力を持った頼りになる味方だろう。
そのキリンのグループ力で立ち向かう相手は、大塚ホールディングスである。世界的に見ると、ニュートリション(栄養)とファーマシューティカルズ(薬)が合体した「ニュートラシューティカルズ(NC)」の市場は巨大で、日本のように高齢化が進行して予防医療、健康維持、アンチエイジングにお金を使う人が多い先進国では特に有望である。そのNCの日本のリーダーと言えば大塚ホールディングスで、「ポカリスエット」など数多くの機能性食品を世に送り出してブランドを確立してきたのはご存知の通り。同社も子会社に医薬品で国内5位の大塚製薬があり、治療用の医薬にも、輸液など臨床栄養にも強い。この「大塚の牙城」を崩すべくキリンが放った「一の矢」が、今までになかったトクホコーラだったという、戦略的な見方はできないだろうか。
サントリーやアサヒホールディングスなども大塚に挑戦できるバックボーンは整っている。ニュートラシューティカルズをめぐる商戦で今後、トクホコーラに続いてどんな商品が登場してくるだろうか。