快い匂いと不快な匂いを嗅ぎ分けることは、動物の生存にとって大変重要である。例えば、食べ物の匂いを快いと感じることでエネルギー源にたどり着くことができる。一方、腐敗物や捕食者の匂いを不快と感じることで危険を回避することもできる。しかし、こうした匂いの好き嫌いを決める脳内メカニズムは明らかになっていなかった。
今回、理化学研究所の研究チームは、ほ乳類よりもはるかに少数の神経細胞で、ほ乳類と類似した機能を発揮するショウジョウバエ成虫の嗅覚回路に着目し、神経活動から匂いの好き嫌いを解読することを試みた。
まず、匂いの好き嫌いを評価するために、ハエの行動に応じて匂いや景色が変化する“仮想空間”を構築し、その中で匂いに対してのハエの応答を観察した。実験の結果、ハエは与えられた84種類の多様な匂いに対して、留まったり逃げたりする反応を示したという。ハエが匂いを認識するスピードは、約0.2秒という速さだった。
また、ハエが脳内で最初に嗅覚情報を処理する脳領域で、ほ乳類の嗅球に相当する触角葉は、約50個の糸球体という球状構造で構成されている。研究チームは、レーザー顕微鏡を用いたカルシウムイメージングで、ほぼ全ての糸球体から各神経活動を同時に記録することに成功した。神経細胞が興奮すると、細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇するため、カルシウムイメージングで神経活動を調べることができるとしている。
さらに、研究チームは得られたデータを組み合わせ、糸球体群の活動からハエの匂いの好き嫌いを定量的に解読する「数理モデル」を作成した。その結果、各糸球体は固有の割合で与えられた匂いに対して留まる行動、もしくは逃げる行動に貢献し、それらの活動の総和でハエの行動が説明できた。また、数理モデルは、新しく与えられた匂いの混合物や濃度の異なる匂いに対してどのように行動するかを予測できることが示された。さらに、匂いの好き嫌いは絶対的なものではなく、直前に嗅いだ匂いの種類や頻度によって変わることを予測し、その現象が実証された。これらにより、ハエの嗅覚システムも視覚や聴覚システムと同様に、すばやく環境に適応する能力を持つことがわかったという。
嗅覚回路の機能やその基本的な配線図は、ハエからヒトまで共通であることから、この成果は、匂いの好き嫌いを決める普遍的な脳内メカニズムの理解につながると期待できるとしている。(編集担当:慶尾六郎)