4月26日、任天堂は12年3月期の決算発表を行った。売上高は36%減の6476億円、当期純利益は432億400万円の赤字で、初代「ファミコン」の発売よりさらに2年さかのぼる81年に同社が連結決算の発表を始めて以来、初の赤字決算となった。
決算内容それ自体は3度も下方修正されたので全くサプライズではなく、むしろ任天堂の公式ホームページに掲載された決算説明会の概要に記された次の一文のほうに、ゲーム業界スズメの注目が集まった。
「構造的に射幸心を煽り、高額課金を誘発するガチャ課金型のビジネスは、仮に一時的に高い収益性が得られたとしても、お客様との関係が長続きするとは考えていないので、今後とも行うつもりはまったくない」。この件は岩田聡社長も決算説明会の席上、はっきりと述べている。
ガチャ課金とは、グリーやDeNAが運営しているようなソーシャルゲームの収益モデル「アイテム課金」のうち、「景品くじ方式」と呼ばれるものを指す。課金されても、何を得られるかわからない。街角にある、コインを入れて回すとカプセル入りのおもちゃが出てくる販売機「ガチャポン」になぞらえて、ガチャ課金と呼ぶ。出てくるまで何が入っているかわからない点は、同じだからである。
ソーシャルゲームの代表的存在の釣りゲームだと、無料ではすぐ折れる釣り竿しか使えないが、通常のアイテム課金ではお金を払えば丈夫な釣り竿が買える。それが仮にガチャ課金方式になったとしたら、同じ金額を支払っても、使えるのは絶対に折れない釣り竿の場合もあれば、すぐ折れる釣り竿の場合もある。そのようにギャンブル的要素が強く出るので、気に入ったアイテムが出てくるまでゲーム上の”ガチャポン”を回し続けて、何千円、何万円も使ってしまうユーザーが出てくる。この高額課金の誘発が特に未成年に悪影響を及ぼすと問題視されていて、グリーもDeNAも4月、未成年の利用額に上限を設定すると発表している。
しかし、花のお江戸の昔から、お上から規制のお達しが出るものほど庶民にとっては魅力的。「ガチャ課金があるからこそハマるのに……」とソーシャルゲーム離れが起き、業界の急成長にブレーキがかかったら困るというのが、ソーシャルゲーム各社の本音だろう。むしろ「ガチャ課金モデルは儲かる」と新規参入を目論む動きも水面下では活発化していた。現にゲーム業界スズメの間では「あの任天堂もガチャ課金をやるらしい」「赤字で苦しいから背に腹は代えられないだろう」という憶測が出て、具体的に夏に発売予定のニンテンドー3DS向けソフト「とびだせ・どうぶつの森」がそれに近いアイテム課金ソフトになるという噂まで飛び交っていた。それを、任天堂は決算発表の場を借りて全面否定してみせたのである。
昔からの任天堂ゲーム機ファンの声は、おおむね好意的。山内前社長の時代から「お子ちゃま路線」と揶揄されながら「ポケモン」に代表される文科省推薦的な健全娯楽に徹してきた姿勢は、赤字に転落しても変わらなかった、と評価されている。
しかしながら4月26日の発表文を、任天堂のポリシーという枠を超えて「反ソーシャルゲーム宣言」ととらえると、話は変わってくる。赤字に転落した古参企業が、飛ぶ鳥を落とす勢いの新興勢力の収益モデルに文句をつけた、と解釈したらどうだろう。 任天堂の決算発表と同じ4月26日、スクウェア・エニックスは8月に発売する「ドラゴンクエスト10」について「景品くじ方式の追加課金(いわゆる”ガチャ課金”)の予定はございません」と発表したが、同社のもう一つの看板ゲームソフト「ファイナルファンタジー」については今年1月、DeNAと提携してソーシャルゲーム化している。これはガチャ課金ではないがアイテム課金制をとっている。
もはやゲーム業界各社にとってソーシャルゲームは無視できない存在で、気に入らない部分はあっても是々非々でとりあえず手を結んでおけば、共存共栄の中で新たな収益源も見出せることだろう。しかし任天堂は、敵とは言わないまでもソーシャルゲームをよそ者扱いしており、その収益モデルを暗に批判している。その態度は、赤字決算からのV字回復を目指す企業としては、良い収益機会を逃す結果につながらないだろうか。
任天堂の業績が回復せず株価が低迷し、ソーシャルゲーム某社があっさり買収に成功。問答無用でポケモンはガチャ課金制でソーシャルゲーム化させられる。小学生がお目当てのピカチュウが出てくるまで何万円も使うので、某社は大儲けするが、PTAが怒り出して社会問題化し、任天堂ブランドは地に墜ちる……、そんな悪夢は絶対、避けたいはずだ。