地球温暖化と化石資源の枯渇問題を背景として、再生産可能なバイオマスから燃料アルコールや化学品などを作り出す統合的バイオリファイナリーの構築は急務の課題である。とりわけ、食糧と直接競合しないバイオマスを持続的に利用し、高付加価値物を生産する技術の開発は、炭素循環に大きな負荷をかけない持続的社会の創生にとって極めて重要だ。
リグニンはほとんどの地上植物の主要成分の1つで、その存在量ではセルロースに次いで2番目に位置する。また、リグニンは植物に物理的強度を与えるほか、外敵からの生物学的攻撃を防ぐ難分解性の物質として重要な役割を果たしている物質である。その基本構造がナフサなどの石油成分にも類似していることから、化石資源に代わる化学品原料として期待され、その利用技術の研究開発が精力的に行われている。その中で、温和な条件で機能を発揮する生体触媒「酵素」を用いる試みは、環境に優しい新技術の1つとして注目を集めている。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)海洋生命理工学研究開発センターの大田ゆかりグループリーダー代理は、国立大学法人京都大学生存圏研究所の渡辺隆司教授、防衛大学校の小泉俊雄教授、埼玉工業大学の秦田勇二教授らと共同で、海洋から分離した細菌のもつ特異な酵素を組み合わせて利用し、木材から分離した天然リグニンから、さまざまなバイオプラスチックにも変換できる機能性化学品を生産する方法を見いだした。
今回研究グループが天然リグニンから酵素生産することに初めて成功した化合物は、フェニルプロパノンモノマーと呼ばれる物質で、これまでその活用法についてほとんど検討されていなかったという。この研究では、天然リグニンから酵素でこの化合物を生産する手法に加えて、簡便な化学的手法によりバイオプラスチックや医薬・化粧品などの機能性化学品に変換できることを示した。これらの成果は、酵素や微生物などの生体触媒の機能を化学産業に活用する異分野融合新技術(ホワイトバイオテクノロジー)に新しい展開をもたらすことが期待されるとしている。
海底堆積物に生息する微生物の多くは、海洋表層や陸域の森林土壌などで分解されずに残った有機物に依存しており、 地球表層の生態系では分解が困難な物質をなんらかの形で効率的に利用する優れた代謝機能を有していると考えられるという。今後、研究グループは多様な海洋環境に生息する微生物がもつ代謝機能の理解を深め、その知見を基盤とするバイオマス活用技術開発を進め、持続可能な社会の構築へ向けた新たなイノベーションの創出に繋げて行く方針だ。(編集担当:慶尾六郎)