SDGsなど、環境に対する世界的な意識の広がりの中で、ESG経営を重視する企業が増えてきた。
ESG経営とは、生産や流通、企業が行う各サービスにおいて、「環境(Environment)」「社会(Social)」「管理体制(Governance)」を重視した経営スタイルのことだ。また、そのような企業活動を社内はもちろん、社外に対しても情報の開示を行い、経営の透明性を上げることで、社会に貢献するとともに、企業ブランドの価値を上げることにもつながっていく。
そしてこのESG経営の重要さと関心の高まりを受け、今年6月に発足したのがTNFD(自然関連財務開示タスクフォース)だ。TNFDは、金融機関や企業に対し、自然資本および生物多様性の観点からの事業機会とリスクの情報開示を求める、国際的なイニシアティブだ。先に発足したTCFD(気候関連財務開示タスクフォース)が成功したことを受け、国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP FI)、国連開発計画(UNDP)、グローバル・キャノピー、世界自然保護基金(WWF)の4団体が2020年に非公式の作業部会を発足。これを金融機関が強く支持したことで実現した。その目的は、自然関連のリスクを測定することで、世界の資金フローを自然環境に対してポジティブに切り替えていくこととしている。
そんな中、日本でも興味深いイベントが開催された。日本経済新聞社と日経BPが主催する「日経SDGs フェスin日本橋」だ。12月6日から9日までの5日間にわたって、会場とオンラインにおいて、同社らが「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成に向けた企業の取り組みを支援するプロジェクト「日経SDGsフォーラム」の一環として開催されたこの催しの中には、これからの世界を考える様々なプログラムが実施されたが、中でも人気を集めたのが8日の朝に登壇したTNFD共同議長のデビッド・クレイグ氏の基調講演ではないだろうか。クレイグ氏は、世界の企業が注目するTNFDを牽引している中心人物の一人であり、ロンドン証券取引所戦略アドバイザーでもある。
フォーラムにオンラインで登壇したクレイグ氏は、講演の中で、TNFDが開設された意味と役割、目的や今後の可能性などを詳細に説明した後、「自然と経済のシステムは密接に結びついており、自然と関わりのない経済活動を探す方が難しい」と述べ、「現在、持続不可能なペースで自然資源が失われており、いち早く、この悪循環を断ち切らなければならない」と強く主張した。また、「一刻も早く自然にポジティブな活動に切り替え、採用する、自然に投資する機会」だと語った。
また、クレイグ氏に続いて始まった企業講演「都市の生物多様性とネイチャー・ポジティブ」では、積水ハウスの仲井嘉浩社長が登壇し、まさに先にクレイグ氏が熱弁した「自然にポジティブな活動」をすでに実践している同社の取り組み「5本の樹」計画を紹介した。
「5本の樹」計画は、同社が「3本は鳥のために、2本は蝶のために、日本の在来樹種を」という思いを込めて、20年も前から取り組んでいるという植樹活動。植樹といっても、山野に木を増やすのではなく、主な活動の場は住宅の庭だ。そして、植樹するのも外来種ではなく、昔から馴染みの深い日本の原種や、その土地や気候に則した自生種、在来種。仲井社長は、「開始当初は、在来種が市場に流通しておらず、調達が困難だった」という話なども交えつつ、「地元の業者などとも協力し合い、流通ルートから構築することで、20年間で1709万本にも及ぶ植樹を達成した」と発表した。ちなみに社長自身も自宅の庭に植樹したところ、鳥たちが集まってきたそうだ。
そして、そんな同社の活動を「自然にポジティブ」な活動であるという実効性を「見える化」したのが、琉球大学理学部の久保田康裕教授だ。久保田教授は積水ハウスと協力し、同社がこれまでに蓄積してきた膨大なビッグデータを分析、活用することによって「5本の樹」計画が、地域の自然にどれだけ貢献したかを世界で初めて数値化することに成功した。それによると、在来種による植樹によって、三大都市圏の樹種数が10倍にも増え、住宅地に呼び込める可能性のある鳥の種類は約2倍、種類は約5倍に増えたというから驚きだ。脱炭素の目標などには数値目標があるが、生物多様性にはこれまで客観的に実効性を評価できるモノサシが無かった。しかし、今回の積水ハウスと久保田教授の成果によって、生物多様性に対する活動も数値化できることが分かり、個人や企業の取り組みを加速することができるのではないだろうか。同社らは、「今回のノウハウを自社だけで抱え込まず、広く共有することで社会に貢献する」としている。これこそがクレイグ氏、ひいてはTNFDが目指す「自然にポジティブな」ESG経営といえるのではないだろうか。
SDGsやTNFD、生物多様性などについて詳しく考えたことがないという人でも、空を見上げた際、道を歩いているとき、鳥を目にする機会が減っていることを実感している人は多いのではないだろうか。企業のESG経営はもちろん、個人でも、自然にポジティブな生き方に切り替えていきたいものだ。(編集担当:藤原伊織)