【コラム】石破内閣は「七三一部隊」の実態の検証を

2025年03月30日 09:29

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石破内閣は粛々と検証を行い、8月15日に検証結果を総理として明らかにすべきだろう。石破総理の勇気に期待したい

 戦後80年。石破茂総理は戦争検証のための「有識者会議」を4月にも設置の意向と読売新聞、共同通信などが28日までに報じた。「日本がなぜ無謀な戦争に突き進み、『全滅』を『玉砕』と美化し、戦死者を増やしたのか。その作戦の在り方など、当時の世論動向も対象とする方向」という。その姿勢は高く評価したい。

 一方で「政治的な論争につながる歴史認識には踏み込まない見通し」と読売新聞は伝えてもいる。検証する以上、検証結果が歴史認識につながることになるものであってしかるべきだし、客観的資料などが積まれた結果、史実が明らかになり、これまでの歴史認識を改めなければならないことが起これば、これに踏み込むのは当然だ。先入観や既定の概念にとらわれず検証しなければ「検証」の意味が薄れよう。

 例えば、1931年(昭和6年)に陸軍に創設された細菌戦遂行、研究のための特殊部隊「関東軍防疫給水部本部、満州七三一部隊」。

部隊長・石井四郎軍医中将の名前をとり「石井部隊」とも呼ばれ、本部はハルピン市南方30キロの地域で厳重な軍事秘匿の下、日本人医師、研究者、助手を軍属として動員し、1945年の終戦直前まで細菌戦実施研究を行っていたとされる部隊だ。ここで展開された活動実態はどんなものであったのか。

 捕虜となった中国、ソ連、モンゴル、朝鮮の人たちが人としての扱いを受けずに『丸太』と呼ばれ、生きたまま細菌実験や生体解剖材料に使われたという。3000人以上が犠牲になったという著書もある。戦時においても国際法違反であることは明らかだ。

 医学と生物学を兵器転用した残虐性は「魔界のもの」とも。四方透明の小室に閉じ込めて行う毒ガス実験、長時間熱風にさらしミイラになるまで人体の水分をとる乾燥実験、生体解剖や梅毒実験などなど「お国の為」などという大義名分で免責などあろうはずがなく、真相をきちんと政府の責任で検証すべきだろう。

 終戦直前に部隊施設の大部分を爆破し、証拠隠滅を図ったとされる。その時の生体実験データは国内に持ち帰られ、終戦直後に石井部隊長ら731部隊の上層部は連合軍GHQと接触し、データ提供と引き換えに戦争犯罪の免責を受けたとの著書もある。下級部隊員には七三一部隊の所属歴そのものを秘密にさせ、隊員同士の連絡も禁ずとの厳命が出たという。

 「生体実験」は当然、国際法違反だが、日本共産党の山添拓参院議員は今月23日の参院予算委員会でこの問題を取り上げ、人体実験を裏付ける資料『き弾射撃による皮膚障害並びに一般臨床的症状観察』の写しを示して、政府保管資料に人体実験の記録があることを指摘。致死性毒ガス「キ弾」による人体実験の記録を防衛省の研究所が入手し、2004年の公開まで40年間隠してきた。「加害の事実を真摯に検証し、認めよ」と迫った。

 山添氏は「資料には『人を使用して行った試験の成績であり、得がたい貴重なもの』との評釈まで付されている。にもかかわらず、『客観的な事実を確認できない』と逃げ回る。戦後80年、目を背け続けるのはもうやめるべきだ」と迫った。

 山添氏は「歴史の事実と真摯に向き合うことが不可欠と考え質問します」と冒頭に述べて質問していた。

 政府は七三一部隊の存在は認めるが、活動の詳細を示す資料がない、などとし、大和太郎防衛政策局長は資料に関しても「記述者の個人的見解に基づいて記載されたもので、防衛省や防衛研究所としての見解ではない」と答弁。

 中谷元防衛大臣も「資料が管理されていることは事実だが、言及されている内容については『客観的に事実か否かということを政府として断定することは困難』と考えております」などと生体実験に関して答弁を回避した。この狂気行為の検証を政府の責任として80年の節目にこそ是非行って頂きたい。

 御茶の水書房から1987年7月25日出版された旧日本軍兵士澤昌利氏は著書「日本人よ、侵略の歴史を忘れるな」の付記(悪魔の飽食との関連について)の中で赤ん坊に対しても残虐な実験「搾血実験」がなされたとの記述部分を紹介している。以下原文。

 『丸太』の赤ん坊も結局のところ搾血実験にかけられた。針を突っ込まれて徐々に血をぬいてゆく、体液の一つもなくなるまで。赤ん坊は最後には亀みたいな大きさのミイラになったという・・・

 731部隊を取り上げた山添氏は「歴史の過ちを認めようとしない権力は繰り返すおそれを拭えない」とXで強く警鐘を鳴らしている。さればこそ、石破内閣は粛々と検証を行い、8月15日に検証結果を総理として明らかにすべきだろう。石破総理の勇気に期待したい。(編集担当:森高龍二)