経団連、ヘルスケア“データ統合”提言 医療DXは次の段階へ

2026年05月19日 16:53

今回のニュースのポイント

経団連は19日、「Society 5.0時代のヘルスケアV」を公表し、医療・介護・健康データを統合活用する「ヘルスケア・データスペース」構想を提言しました。高齢化や医療人材不足が深刻化する中、医療DXを通じて診療効率化や創薬、予防医療強化につなげる狙いがあります。医療データを“社会的資産”として活用する方向へ議論が進み始めています。

本文
 日本経済団体連合会(経団連)は19日、次世代の医療および社会保障制度のグランドデザインを示した提言「Society 5.0時代のヘルスケアV」を公表し、国内に分散する医療・介護・健康データを安全かつ一体的に活用する「ヘルスケア・データスペース」の構築を政府に求めました。わが国は今、急速な高齢化の進展と労働力人口の減少が同時に進行する深刻な局面に立たされています。医療・介護現場の人手不足が看過できない水準に達するなか、限られた医療供給能力のなかでいかに質の高いケアを持続的に提供するかは喫緊の政治課題です。こうした背景から、従来の個々の病院や自治体で完結していたデジタル化の枠組みを超え、社会全体の医療データを日本の「社会的資産」と位置づけてマクロに活用する医療デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速が、今後の日本の医療政策の中心テーマとして本格的に浮上し始めました。

 なぜ今、医療データの大規模統合が必要なのでしょうか。その理由は、データ分断がもたらす現在の医療・介護現場の深刻な業務負担にあります。在宅医療や介護の需要が爆発的に増加するなか、複数の医療機関や薬局、介護事業者をまたいで受診する高齢者は珍しくありません。しかし、現状の日本の医療インフラでは機関同士の情報連携が不十分であるため、患者は行く先々で重複する問診や検査、重複投薬といった不利益を被っています。さらに、医療従事者は未だに多大な紙書類の処理や手作業での転記業務、疑義照会に追われており、この「データの分断」こそが医療効率と患者の安全、そして現場の生産性を著しく押し下げる構造的な要因となっています。これらをデジタルネットワークで一元的に繋ぎ、無駄を徹底的に排除することがデータ統合の最優先の目的です。

 今回、経団連が打ち出した「ヘルスケア・データスペース」の本質は、日常の診療に用いる「一次利用」と、創薬や新医療機器の研究開発、さらには国の公衆衛生・政策立案に用いる「二次利用」を一体のものとして運用する点にあります。これまでは、患者の治療用データと学術・研究用データが制度的にも技術的にも完全に切り離されていたため、医療現場で日々生み出される貴重な知見が次世代のイノベーションへと繋がっていませんでした。この基盤が構築されれば、電子カルテや健診、介護データが安全に集約され、承認された民間企業や研究機関が高度な解析環境のもとで分析できるようになります。研究で得られた革新的な診断法や新薬が再び一次利用の現場へフィードバックされる、いわば「データ循環型」の医療基盤という新たな医療サプライチェーンの創出を目指しています。

 この構想の制度設計において強く意識されているのが、欧州が先行して共通ルール化を進める「EHDS(欧州ヘルスケア・データスペース)」の思想です。経団連の提言では、これまでの「本人の事前同意」のみに過度に依存してデータの網羅性を損なっていた従来の「入口規制」から、公益目的での活用を前提に法令で禁止事項や利用目的を明確に定め、データの持ち出しを厳格に制御した安全な環境下でのみ利活用を認める「出口規制」への転換を提唱しています。審査プロセスのワンストップ化を担う公的管理主体を創設し、高度なセキュリティとデータの透明性を両立させることで、次世代の社会インフラとしての高い「トラスト(社会的信頼)」を社会に定着させ、日本国内での先進的な実務運用の法制度整備を加速させようとしています。

 さらに、今回の医療DXが目指す地平は、単なる現場の「業務効率化」にとどまりません。蓄積されたビッグデータをAIや最先端のデジタル技術と組み合わせて活用し、AIを用いた診断支援システムの高度化や、個々の遺伝子情報に応じた個別化医療、さらには疾病を未然に防ぐ予防医療や「未病」段階での介入を劇的に進化させることができます。これにより、国民の健康寿命の延伸を達成し、社会保障給付の適正化を図るだけでなく、製薬やバイオ、医療AIといったヘルスケア産業そのものを、自動車産業に匹敵する日本の新たな「経済成長産業」へと育成する国家戦略の側面も色濃く有しています。

 しかし、この大規模な構想を社会実装するうえでの最大の焦点であり、かつ最大のハードルとなるのが「国民の理解と納得」です。医療データは極めて機微性の高い個人情報であり、国民の間には利活用に対する漠然とした情報漏えいへの不安や、企業利用に対する警戒感が根強く存在します。経団連は、国費の投入によるインフラ整備と厳格な安全管理を前提としつつ、マイナポータルなどを通じて研究成果を分かりやすく定量的に示すことで、国民がデータ提供の便益を直接実感できる環境作りが不可欠であると指摘しています。個人情報の厳格な「保護」と、社会保障を維持するための積極的な「利活用」を、社会的トラストのもとでどのように高次元で両立させるかが、今後の法整備に向けた最大の鍵となるでしょう。

 日本の医療DXは、個々の病院のデジタル化を推進する黎明期を終え、社会全体のインフラを連結する「第2段階」のネットワーキングの局面へと入り始めています。今後は単なる電子カルテの導入率といった数字ではなく、官民が連携してどれだけシームレスに社会全体の医療データを連携させ、その果実を国民生活へと還元できるかが日本の未来を左右します。日本経済は今、押し寄せる高齢化社会への危機対応と、それを逆手に取った次世代のヘルスケア成長戦略を同時に推し進める、極めて重要な構造転換の局面を迎えつつあるのです。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)