加盟クラブのオーナーに「鎖国政策」を敷いているJリーグ
8月10日、サッカーのイングランド・プレミアリーグの強豪クラブで、日本代表の香川真司選手の保有権を持つマンチェスター・ユナイテッドがニューヨーク証券取引所に上場した。報道によるとクラブが保有する833万株が売り出され、それで調達した1億ドル余りの資金のほとんどは負債の返済にあてられ、財務は健全化するという。
マンチェスター・ユナイテッドの実質的オーナー、アメリカ人のグレーザー一族も同時に833万株を手放した。プレミアリーグでは、前季優勝したマンチェスター・シティはUAEの投資グループ、前季チャンピオンズリーグを制してヨーロッパ王者になったチェルシーはロシア人がオーナーで、他にフランス人や香港人やエジプト出身のチームオーナーもいる。現在、全20クラブの半分が外国系オーナーで占められている。
英国の金融界は外国資本への市場開放が進んでいて「ウインブルドン現象」と呼ばれているが、スポーツ界でも事情は同じ。サッカーチームが資金力のある外国人に買収されると、そのチームのサポーターたちは「いい選手を獲得して強くなれる」と喜び、たとえばアラブの大富豪に買収されたらスタンドで「カフィア」とか「ケフィエ」と呼ばれる中東の民族衣装のかぶりものをかぶって歓迎する。「オーナーは英国人じゃないとイヤだ」と拒否反応を示す人は、あまりいない。
ところが、同じサッカーでも日本のJリーグは、外国資本による加盟チームの経営支配を許していない。チームのサポーターではなくリーグそのものが「クラブのオーナーは日本人じゃないとイヤだ」と言っている。Jリーグ規約第12条の2には、こうある。「(J1、J2のクラブは)日本法に基づき設立された、発行済み株式総数の過半数を日本国籍を有する者か内国法人が保有する株式会社であることまたは公益社団法人もしくは特例社団法人であること」。もし、Jリーグのどこかのクラブを外国資本が買収して、過半数のオーナーシップを持ったとしたら、そこはサッカークラブとしては存続でき、「天皇杯」のような日本サッカー協会主催の試合には出場できるが、Jリーグの加盟は取り消されることになる。プレミアリーグと違い、Jリーグは加盟クラブのオーナーに「鎖国政策」を敷いている。
Jリーグ規約第12条の2は法律ではないからこそ怖い
Jリーグの鎖国政策の是非論は置いておくとして、Jリーグ規約のこの条項があるために、Jリーグの加盟クラブはマンチェスター・ユナイテッドのように証券取引所に株式を上場することは事実上できなくなっている。日本にも法律で外資規制を受ける業種がいくつかあり、それに属する企業でも株式を上場している。たとえば金融商品取引法では、証券取引所は外国人が議決権の5分の1以上の株式を所有できないし、貨物利用運送事業法、NTT法、電波法、放送法、航空法では、外国人は議決権の3分の1以上の株式を所有できないことになっている。それでも大阪証券取引所、日本通運、日本電信電話、フジ・メディア・ホールディングス、全日本空輸などは上場し、それを長年維持している。
それならJリーグのクラブも上場できそうに思われるが、一つの大きな問題がある。それはもし上場後、クラブの意向とは無関係に敵対的なTOB(株式の公開買い付け)でも仕掛けられ、外国人に発行済株式の過半数を取得されてしまうと、その時点でJリーグ規約違反になり、加盟を取り消されてしまうという点である。Jリーグ規約は法律ではなくいわば「業界団体の内部規制」だが、だからこそ怖い。
たとえばどこかの民放が電波法や放送法の外資規制に数%だけひっかかっても、即座に放送免許取消にはならず、総務省から是正命令が出されることになる。手続きに時間がかかり、その間に放送を続けながら対策がとれる。もし免許取消処分になれば行政不服審査法による不服の申立もできるし、行政訴訟で争うこともできる。だが、資格要件の外資規制抵触でJリーグ理事会に諮られたら、民間団体だけに、その手続きは官庁よりもはるかにスピーディーだ。もし加盟取り消しと決定したら、不服の申立や民事訴訟ができるとしても、除名自体は先延ばしにされようと、次の試合からチームは出場停止になる可能性が高い。
実際どうなるか、フタを開けてみないとわからない部分もあるが、ホームの試合が開催できないだけでも興行収入は1円も入らず、クラブは経営破たんの危機に瀕するという、きわめて大きなペナルティが科されるのだ。そのリスクがあまりにも大きいので、証券取引所はもしJリーグの加盟クラブからの上場申請を受け付けても、審査で上場を見送ってしまう公算は大と思われる。
たとえば東証の場合、有価証券上場規程第207条には「企業の継続性及び収益性」として、「継続的に事業を営み、かつ、安定的な収益基盤を有していること」と書いてある。敵対的買収のようなクラブの意思とは無関係な場合でも、外国人持株比率が過半数を超えたらJリーグによって加盟を取り消され、興行権を剥奪されてクラブの経営が成り立たなくなってしまうようでは、とてもこの基準を満たせない。ということで、外資規制があるがために、Jリーグのクラブは株式を上場したくても事実上、できなくなっている。
「無議決権株式」の利用さえ封じる無慈悲なJリーグ規約第25条の2
もっとも、外資規制を免れながら国籍を問わない出資を受けて財務を安定化させる方法は、ないことはない。それは、どこかの民放がやっているような、規制を超えている部分は外国人が取得しても名義変更を行わずに株主名簿を作り、規制をクリアするというセコい裏技などではない。何かと言えば、「無議決権株式」を発行して、それを上場させるという方法である。
無議決権株式とは、読んで字のごとく、株主の権利の一つ、議決権がついていない株式のこと。その代わりに配当を議決権つきの普通株より多くしてくれる「優先株」と呼ばれるものや、優遇が何もないものがある。2002年の商法改正で登場した「種類株」と呼ばれるものの一つで、証券取引所はその上場を認めている。2007年に伊藤園が日本で初めて、優先株の無議決権株式を東証一部に上場した。
商法では無議決権株式について発行済株式数の2分の1を限度に発行が認められている。議決権つきの普通株の2分の1を日本人が所有していれば、その残り半分と無議決権株を全て外国人投資家が買い集めて外国人持株比率が75%になったとしても、外国人の議決権は全体の2分の1を超えない。つまり、現在の発行済み株式数と同数の無議決権株式の新株を発行してそれを上場させれば、外国人持株比率を全く気にすることなく大量の資金調達ができ、その資金で財務の健全化を図ることができる。配当金の上乗せやホームの年間予約チケットでもつけて優先株にすれば、人気も出るだろう。無議決権株式を利用して外資規制に抵触することなく資金調達を行う方法は、東南アジアに進出した日本企業が合弁企業を設立する際によく利用している。それを逆に国内の外資規制をクリアする方法として使えばよい。
問題はJリーグ規約第12条の2の「発行済株式数の過半数」を、外資規制の法律のように「議決権の過半数」に読み替えるのが可能かどうかである。Jリーグが文言を厳密に解釈して「議決権ではなく発行済株式数だ」とかたくなに主張されたらアウトだが、この条項は外国人のクラブ経営支配を排除する目的で設けられている。過半数の議決権さえ渡さなければ経営を支配されることはないのだから、発行済株式数を議決権に読み替えても条項の趣旨には反しないだろう。
ということで、安定株主の持株比率25%をきちんと確保しながら無議決権株式の発行、上場を行えば、75%まで外国人に買い占められたとしてもJリーグ規約をクリアし、証券取引所が上場審査で問題にしそうな外国人持株比率が過半数を超えてJリーグ加盟を取り消される懸念は払拭される。これによってJリーグの加盟クラブが株式を上場する道は開ける、かと思いきや、Jリーグ規約にはこんな落とし穴があった。
「Jクラブは、発行済み株式の株主を変更し、または新たに株式を発行する場合には、変更後の株主または新規株式の割当先を決定する前にJリーグに書面にて届け出を行わなければならない」(第25条の2)。つまり、上場できたとしても、株式が売買されて株主の名義変更が行われる際、事前に書面でJリーグに届出をしなければならないのである。上場株式の名義変更の手続きは証券代行業務を行う信託銀行や代行専門業者が行っているケースがほとんどだが、売買に伴う名義変更のたびにいちいちそんなことをさせていたら、上場を維持するだけで相当なコストがかかってしまう。
また、同じ第25条には、5%を超える株主の異動には事前にJリーグ理事会の承認が必要だとも書かれており、株式市場での大量取得を事実上不可能にしている。つまりこの条項は、Jリーグの加盟クラブに上場企業は絶対に出現しないという前提でつくられており、「Jリーグの加盟クラブは絶対上場するな」と言っているのと同様である。Jリーグ規約を全面改定させない限り、加盟クラブの株式上場はありえない。
横浜フリューゲルスが消滅した事件以降、口ではクラブ経営の安定化、健全化を唱えながら、外資規制を敷き、規約でオーナーシップや経営の自由度をがんじがらめに縛り、株式上場による財務の健全化は絶対に許さない。クラブのオーナーにとって、Jリーグとはなんと無慈悲な組織なのだろう。これでは、サッカークラブに出資しようと思った日本企業は、Jリーグなど無視して海外クラブに出資したくなる。そうやって金欠クラブばかりのJリーグから優秀な選手が海外にどんどん流出していくと、リーグは衰退の道をたどっていくのではないか。