消えたSANYOの文字 ついに本社ビルも市に売却か

2014年11月16日 18:02

 戦後の日本を代表する企業、三洋電機。それが今、跡形もなく消えようとしている。2009年にパナソニック<6752>の子会社となったのち、白物家電やデジタルカメラ、テレビ事業を次々と売却。社員のリストラと本社建物の整理が同時に進められ、完全消滅は目前に迫る。

 かつては国内大手電機メーカーと肩を並べる存在だった三洋電機だが、04年に子会社である新潟三洋電子の半導体製造工場が新潟県中越地震で被災。保険未加入だったため、500億円もの損害がそのまま負債として大きくのしかかることとなった。また熾烈を極める国際競争の波の中、デジタルカメラ市場の大暴落を受け、05年3月の決算では1,715億円もの赤字を出した。経営再建の決断に迫られ白物家電事業から脱却を図り、二次電池や太陽光発電などのエネルギー事業に積極的に参入。さらに携帯電話にも手を広げ、モバイル関連事業などにも力を注いだが、携帯電話の充電池に不具合が見つかり、130万個を回収する事態に。

 結局、経営転換は成功せず、株式公開買付け(TOB)を経てパナソニックの傘下に入った三洋電機だが、重複事業の整理という理由から、白物家電、カーナビ、プロジェクター、監視カメラなどを次々と売却。11年には三洋電機の代表的な製品である「洗濯機」も、02年から提携関係であった中国のハイアールに技術・ノウハウごと譲渡されることになった。三洋電機の創業者である井植歳男氏が噴流式洗濯機を国内で初めて製品化し大ヒットして以来、長らく「洗濯機といえばサンヨー」という時代が続いたが、それも終結を迎えたことになる。

 三洋電機の製品は「Panasonic」に付け替えられ、「SANYO」の文字は市場から姿を消した。大阪府守口市にある三洋電機本社の「SANYO」という看板も11年に降ろされ、代わりに「Panasonic」のロゴが掲げられたが、現在は建物の売却を守口市と交渉中。来年春には人事を完全に一本化する方針で、三洋電機社員の早期退職募集が進められている。(編集担当:久保田雄城)