大赤字を出し、社員のクビを切りながら、スキャンダルまみれの会社を助ける
6月6日、「オリンパスの資本提携先としてパナソニックが有力」というニュースが流れ、パナソニックが300から500億円を出資してオリンパスの第三者割当増資を引き受け筆頭株主になると報じられた。両社はデジタルカメラ分野などですでに業務提携しており、パナソニックの画像センサーがオリンパスの主力事業、内視鏡に使用されれば販売拡大が望めるというのが、資本提携の理由に挙げられていた。6月22日、今度は「オリンパスがソニーと資本提携へ。パナソニックは撤退」というニュースが流れた。ソニーが約500億円を出資して筆頭株主になる見込みで、ソニーの画像処理用半導体がオリンパスの医療システムに使用されれば、技術の融合で医療市場で優位に立てると報じられていた。
オリンパスがソニーを資本提携先に選んだ結果、パナソニックと富士フイルムホールディングスとテルモは手を引くことになった。
パナソニックではなくソニーと聞いて、こんな感想を持った人はいなかっただろうか。
「パナソニックもソニーも大赤字で、千人、万人単位のリストラをやっている。社員のクビを切っておいて、どうして世間を騒がせたオリンパスなんか助けようとするのか。内視鏡の技術があるにしても、だ。第一、500億円ものカネをどこに隠していたんだ」。
2012年3月期決算で、パナソニックの連結最終赤字は7721億円、ソニーの連結最終赤字は4566億円だった。パナソニックは本社の社員約7000人のうち3000から4000人を削減するリストラ策を打ち出したが、ソニーもグループ全体で1万人を削減するリストラ策を発表している。ちなみに富士フイルムは438億円の連結最終黒字で、テルモも242億円の黒字だった。富士フイルムは昨年9月にリストラ策を発表したが、100から200人規模とパナソニックやソニーより1ケタ、2ケタ少ない。テルモはリストラをしない会社として知られている。
現預金残高は500億円出資しても余裕があるが
昔なら、「大赤字、大規模リストラ中」の会社は少なくとも1年は新規投資を必要最小限にとどめたのではないか。もし今回のように株主総会の直前に500億円規模の企業買収なんか発表したら、マスコミに叩かれ、総会は大荒れになっただろう。労働組合も社員株主も黙っていなかったはずだ。それが今は「経営者は人を減らしてでも必要な投資をやるべきだ」という風潮に変わってきた。たとえば、「技術力を高めて生き残るにはどうしてもこの投資が必要なのだ」と経営者が力説したら、株主も社員も労働組合もマスコミも含めて、ステークホルダーはすんなり納得してしまったりする。
経営者にとっての”殺し文句”は、これだろうか。「決算書を見てください。500億円は現預金残高だけで十分まかなえる金額です」。
2012年3月期連結決算の貸借対照表、キャッシュフロー計算書の「現金・預金及び現金同等物期末残高」は、前期末より大きく減ったとはいえパナソニックは5744億円、ソニーは8946億円ある。これは過去の蓄積であり、隠していた金ではない。「これだけ多くの現預金残高を積み上げてきました。500億円を出しても財務はびくともしませんから賛成してください」というわけだ。
新たな借入もエクイティ・ファイナンス(新株発行を伴う資金調達)も必要なく、500億円をポンと出しても残った現預金残高がザクザク余るようなら、丸め込まれて「ま、いいか」と思ってしまうかもしれない。
フリーキャッシュフローは候補4社とも”不合格”
ということは、「現金を持っている者勝ち」なのだろうか。いや、そうではない。現預金残高だけでなく「キャッシュフロー」も見ないといけない。決算書のキャッシュフロー計算書には、営業キャッシュフロー、投資キャッシュフロー、財務キャッシュフローが載っている。その3つのキャッシュフローが全てマイナスだったらどうなるか。会計の本には「現金残高減少。流動性急激に低下。超不健全で倒産リスクあり」と、恐ろしいことが書いてあるが、パナソニックはこれに該当するのだ。三洋電機の完全子会社化で財務が大きく悪化したところへ営業不振が追い打ちをかけ、営業キャッシュフローは-369億円。現預金残高は前期比で4割強、4004億円も減少した。
ソニーの営業キャッシュフローは+5195億円だが、投資キャッシュフローが-8829億円で、足せば-3634億円。これは「フリーキャッシュフロー」の簡単な算出法だが、会計の本には「フリーキャッシュフローがマイナスだと投資に必要な資金を営業活動でまかなえず、それをカバーする資金調達には限界がある。この状態が続くとやがて現金残高が減って必要な投資が行えなくなる」とある。ソニーはそのマイナスが2期続いており、2012年3月期はパナソニックの-3399億円よりも悪化している。2010年3月期末に1兆1916億円もあった現預金残高は、2年で2970億円も減少した。
ムーディーズが今年1月にパナソニックとソニーの長期格付けを引き下げ、さらに5月にパナソニックのさらなる格下げを示唆したのも、納得できる。ともに財務内容は悪く、ソニーのほうがややマシという程度なのだ。
現預金残高が数千億円のオーダーで減っているのに、それでも「現金を持っている者勝ち」だと威張るのは、ただの虚勢だ。現金に余裕があるかどうかは、期末残高のような静態ではなく、どういうカラクリで現金が増減しているかという動態を分析しなければ、本当のところはわからない。
なお、富士フイルムの現預金残高は2351億円、テルモの現預金残高は738億円で500億円を上回ったが、フリーキャッシュフローはそれぞれ-508億円と-1911億円で、パナソニックやソニーに比べてマシではあるものの、”不合格”だった。もしテルモだったらかなりの程度「社運を賭けた投資」になったと思われるが、最終黒字でリストラもやっていない分、パナソニックやソニーよりは好感が持てただろう。