理化学研究所 脳科学総合研究センター 理研-MIT神経回路遺伝学研究センターの利根川進センター長らの研究チームは、アルツハイマー病モデルマウスの失われた記憶を、光遺伝学を用いて人為的に復元することに成功したと発表した。研究が進めば、人間の初期のアルツハイマー病の予防や治療にも影響を与えそうだ。
アルツハイマー病(AD)は、物忘れなどの記憶障害から始まり、徐々に認知機能全般が低下する病気で、世界で4,750万人と推定されている認知症患者のうち7割程度を占める。ADでは、記憶の形成、保存、想起に重要な海馬の周辺で神経細胞の変性が始まることから、海馬の異常が記憶障害を引き起こす可能性が指摘されていた。しかしAD初期における記憶障害の原因が、記憶を新しく形成できないためなのか、それとも形成された記憶を正しく思い出せないためなのか、そのメカニズムは分かっていなかった。
研究チームはこれを明らかにするために、ヒトのAD患者と同様の神経変性を示すADマウスにおいて、記憶の痕跡が保存されている海馬の「記憶エングラム」と呼ばれる細胞群はどうなっているのかを調べた。まず通常マウスを実験箱に入れて弱い電流を脚に流す体験をさせ、翌日に再び同じ箱に入れた。マウスは嫌な体験の記憶を思い出して「すくみ」を見せた。次にADマウスに同じ体験をさせたところ、嫌な体験の翌日に同じ箱に入れても「すくみ」を見せなかった。
そこでADマウスが嫌な体験をしている最中の記憶エングラム細胞を青色光の照射により直接活性化したところ、ADマウスは「すくみ」を見せた。この結果は、ADマウスは記憶を正常に作っているが、それを想起できなくなっている可能性を示唆する。研究チームはさらに、ADマウスにおける記憶想起の障害が、神経細胞同士をつなぐシナプスが形成されるスパインという構造の減少と関連していることを突き止め、光遺伝学を用いてこのスパインを正常化すると記憶想起も正常化することを実証した。
利根川センター長は「少なくとも、AD病初期の患者の記憶は失われているのではなく、思い出すことができないだけなのかもしれないのです。初期の患者には記憶を保持する細胞が維持されているというのであれば、将来、これらの細胞から記憶を取り出す技術が開発されれば、障害を軽減できるかもしれません」とコメントしている。(編集担当:城西泰)