ダノンvsヤクルトの敵対的TOBが始まったら誰も得しない

2012年05月07日 11:00

 4月下旬、3月期決算発表ラッシュを尻目に兜町の注目を集めたのが、ヨーロッパの食品大手ダノンによるヤクルト本社(以下、ヤクルト)株の買い増し計画だった。

 話の発端は4月21日付の日経新聞の記事だった。それによれば、ダノンは現在20%保有する筆頭株主だが、それを28%に引き上げ常勤役員の派遣なども要求している。だが交渉は難航しており、決裂した場合はダノンがTOB(株式公開買い付け)を行い35%程度まで株式を買い増す可能性があるという。会社法では議決権の3分の1以上を保有すると定款変更やM&Aのような特別決議事項を否決できる拒否権を持てるので、報道のように35%まで買い増しされると、ヤクルトが重要な経営判断を下す際は、いちいちダノンにお伺いを立てなければならなくなる。

 同じ内容の報道をフランスAFP通信も伝えたが、ヤクルトは即日、「当該報道は当社の発表によるものではありません。現在当社は、ダノンとの友好的な関係を維持するべく協議しています」とコメントを発表し、事態の沈静化を図った。しかし週明けの23日、ヤクルト株はTOB期待で投資家の人気を集めて一時3135円まで上昇し、年初来高値を更新した。

 メディアには、ダノンはフランスの企業なので「日本企業が外資に脅されて乗っ取られる」という”黒船コンプレックス”的論調が懲りもせず再登場。「新しい上司はフランス人?」という坂本九さんの替え歌の歌詞や、「東京ダノン・スワローズ」という新球団名?まで飛び出し、少々悪のり気味だった。

 だが、冗談では済まないのが「交渉が決裂したらTOBをやる」というくだり。ヤクルトが交渉条件をのんで、自社株買いなどでダノンの持株比率を28%に上げてやれば拒否権にも届かず穏便に事が収まるが、断れば敵対的TOBでヤクルト株を買い集めて拒否権も取ってやるぞという構えだ。たとえは悪いが、ギャングがピストルを突きつけて「交渉に応じろ」と迫っているような雰囲気が感じられる。だが、もしも敵対的TOBという事態になったら、ダノンもヤクルトも両方とも損をするだけで、得なことは何もない。

 そもそも、日本では上場企業に仕掛けた敵対的TOBの成功例がほとんどない。ライブドアしかり、村上ファンドしかり、スティール・パートナーズしかり、楽天しかり。ドン・キホーテや王子製紙も失敗した。2007年に2件成功したと紹介されているが、いずれも買収先の規模が小さい。ヤクルト級の大企業を敵対的TOBで買収するのは不可能に近く、あえて断行して失敗したらダノンは財務的にも信用的にも大きな傷を負い、経営陣は責任を問われかねない。

 一方、ヤクルトもリスクにさらされる。買収防衛策に貴重な人材を投入し、カネがかかり、経営陣の気苦労が多くなるだけではない。たとえばダノンの敵対的TOBを阻止する「ホワイトナイト」が登場したとしても、それが後で本性をあらわして経営を乗っ取ってしまう可能性もないとは言えないのだ。それは「国盗り物語」で斎藤道三が美濃の国を頂戴したやり方と同じである。何が起きるかわからず、誰を信用していいかわからない点では、現代の経営も戦国時代と大して変わりない。また、株主の多くもTOB騒ぎの混乱の中で不自由を強いられたり、損失を被ることになるだろう。

 このように、日本では敵対的TOBはどこかの国の核ミサイルと同じで、もし使ったら敵も味方もみんな深刻なダメージを受けるから、もっぱら「やるぞ、やるぞ」と脅しに使うものなのである。ダノンも、本気で使おうとは思っていないのではないか。

 ダノンvsヤクルトの確執は2003年までさかのぼり、この年、ダノンはヤクルト株を買い進めて持株比率が20%に達した。交渉に臨んだヤクルトは粘りに粘って翌年、「20%を超えて引き上げない」という合意に達した。その合意の期限が5月に切れるのでダノンが攻勢に出た、と解釈できる。とはいえ、ダノンにとってヤクルトは、保有株の株価は10年足らずで約2倍に増え、「グローバル内需型企業」と呼ばれるように国内外で収益をあげている「おいしい提携先」なので、完全に手を切るには惜しすぎる。関係を継続しながらより有利な提携条件を引き出そうと、メディアを巻き込んだこんな作戦に出たのではないだろうか。

 夫婦仲にたとえれば、新婚時代のようなベタベタでも、冷め切ってもいないけれども、妻が「もう少し仲良くしたい」から、いつも生返事ばかりする夫に「私の言うことを聞いてよ」と包丁を振りかざしながら迫った、というシーンだろうか。それはふつう、夫のほうがビビって本物の夫婦喧嘩にはならず「雨降って地固まる」で終わるものだが、ささいな誤解からアクシデントに発展することがある。それが怖い。くれぐれも、犬も食わぬ「痴話喧嘩TOB」にならないように願いたい。