日銀は何を統計で追跡するのか 物価統計改定に映るAIと経済安全保障

2026年06月03日 16:05

日銀6

日本銀行が公表した企業物価指数(CGPI)の2025年基準改定方針では、AI関連財や食品輸出、GX、経済安全保障に関連する品目の拡充が盛り込まれた。物価統計の見直しから、日本経済の構造変化を捉えようとする姿勢がうかがえる。

今回のニュースのポイント

日本銀行が公表した企業物価指数(CGPI)の2025年基準改定方針は、一見すると統計手法の見直しですが、その背景には日本経済の構造変化を統計に反映するスタンスが示されています。今回の改定では、AI関連財、農林水産物・食品輸出、GX(グリーン・トランスフォーメーション)、経済安全保障とサプライチェーンの4点が重点項目として明記されました。物価統計の改定は、単なる技術的な論点にとどまらず、日本経済の重点分野を観測する指標としての側面も持っています。

本文
 日本銀行調査統計局が公表した企業物価指数の2025年基準改定の基本方針では、近年の経済・産業構造の変化として4つの重点分野に注目する方針が示されました。具体的には、「AI関連財の需要増加」「農林水産物・食品の輸出拡大」「サステナビリティ(環境・経済・社会の持続可能性)関連財の需要増加」「地政学リスクの高まりや経済安全保障の強化に伴うサプライチェーンの変化」の4点です。通常の基準改定で行われる品目やウエイトの更新にとどまらず、これら4分野に関わる財を新たに取り込み、必要に応じて調査価格を見直すことが改定のポイントとして掲げられており、構造変化を統計に写し取ろうとする姿勢がみられます。

 今回の方針文書で具体的な品目群が並ぶのが、AI関連財への言及です。日銀は、生成AIの普及に伴うデータセンター投資や関連設備投資の拡大を重視しています。資料によると、先端ロジック半導体、半導体製造装置をはじめ、真空ポンプ、光ファイバーケーブル、数値制御装置(NC装置)などを新たに取り込む方向が示されました。

 ここで焦点となっているのは、アプリケーションとしてのソフトウェアサービスそのものではなく、それを動かすための半導体や装置、ネットワーク、制御機器といった設備投資財です。AIサービスそのものよりも、それを支える半導体やデータセンター関連設備が多く取り上げられている点が特徴となっています。

 もう一つの変化として挙げられているのが、農林水産物・食品分野です。人口減少に伴う国内需要の動向を背景に海外需要の取り込みが重視されるなか、政府が掲げる「2030年までに農林水産物・食品輸出額5兆円」の目標や、輸出重点品目の指定といった輸出拡大実行戦略の動きが方針にリンクしています。統計資料によると、農林水産物・食品の輸出額が1.7兆円と過去最高を更新している実態を踏まえ、日銀は輸出物価指数(EPI)に新たに類別「食料」を新設する方針を示しました。

 これにより、牛肉、緑茶、ソース混合調味料、清涼飲料水、ウイスキー、清酒の6品目が新規採用されることになり、食品輸出の拡大を経済・産業構造の変化の一つとして統計に反映する方針が示されています。

 サステナビリティ分野、いわゆるGX関連需要の組み込みについても、具体的な品目の拡充が進められています。「2050年カーボンニュートラル」などの脱炭素目標を背景としたバイオマス発電所の増加や蓄電池の需要拡大を反映し、輸入物価指数(IPI)に木質ペレットやヤシ殻を採用するほか、国内企業物価指数(PPI)にアルカリ・リチウムイオン蓄電池や、バイオプラスチックに該当する熱硬化性樹脂などを載せる方針です。

 さらに、電動車の販売比率上昇に対応し、駆動ユニットであるイーアクスルを「電動機」に、カーエアコン用電動コンプレッサーを関連品目に含むほか、電池原料となるニッケルマットや水酸化リチウムを指数に組み込みます。燃料から蓄電池、バイオプラ、電動車部品にいたるまで、GX関連需要を支える燃料・素材・部品まで対象を拡充する見直しが行われています。

 また、今回の改定で象徴的なテーマとなっているのが、地政学リスクの顕在化に伴う経済安全保障とサプライチェーンの変化です。ロシアによるウクライナ侵攻などを背景に、製造業は従来の効率重視による調達先の集中やオフショアリングから、不確実性に備えた複線化、フレンドショアリング、リショアリング、および在庫確保へとサプライチェーンの再構築を進めています。政府による経済安全保障推進法に基づく「特定重要物資」の指定(半導体、蓄電池、工作機械、産業用ロボットなど)の動きに対し、日銀はこうした調達・販売経路の変化を価格の出所や契約条件の変更として指数に織り込む方針です。サプライチェーンのリスク分散が企業間取引の価格に与える影響を追えるようにすることが狙いとなっています。

 企業物価指数は本来、企業間で取引される財の価格を測る統計です。しかし、今回の改定方針からは、対象の選び方を通じて、AI投資やデータセンター向け装置、外需を狙う食品、脱炭素を支える部材や電動車部品、そして安全保障上重要な物資とサプライチェーンという、現在の日本経済における重点分野が浮かび上がっています。どの産業の需要やリスク構造の変化を価格指標で捉えるかという視点で品目群が整理されており、政府の産業政策とも重なるテーマが、企業物価指数の対象や調査価格の見直しを通じて反映されようとしています。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)