AIは人を置き換えるのではなく育てる時代へ 製造業で始まる「暗黙知継承」の新戦略

2026年06月09日 07:29

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AIが熟練者の知識をつなぐ――製造業で始まる「暗黙知継承」の新戦略。人ではなく知識を中心に描き、AIが企業の競争力を支える新たな基盤となる時代になるか(画像はイメージ)

今回のニュースのポイント

NTTデータとフォーティエンスコンサルティングは、製造業におけるサプライチェーンマネジメント(SCM)業務の暗黙知継承を支援する「デジタルSECIモデル」の実証を開始しました。従来の生成AIが「答えを提示して人間の作業を肩代わりするAI」だったのに対し、今回の実証ではAIエージェントが対話を通じて熟練者の思考過程や判断理由を引き出し、組織全体のナレッジとして蓄積していく仕組みの有効性を検証します。人手不足や技能継承が構造的な課題となる国内製造業で、AIの役割が単なる業務の代替から「経験の継承・育成」へと変化し始めています。

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 これまで生成AIの活用は、文書作成や問い合わせ対応、プログラム作成など、主に人間の作業を代替して業務の省人化や効率化を図る用途を中心に注目を集めてきました。しかし、製造業におけるサプライチェーンの最前線などでは、「なぜその判断をしたのか」という熟練者の長年の経験や勘、状況に応じた柔軟な判断基準こそが、業務の品質を左右する最大の要素となります。今回開始された実証は、そうした高度な思考プロセスそのものを、意思決定の主体をAIに置き換えることなく、対話を通じて可視化・構造化しようとする新たなアプローチです。

 日本の製造業は現在、少子高齢化によるベテラン技術者の大量退職や若手不足、現場ノウハウの属人化によって、技能継承が構造的に困難になるという深刻な危機に直面しています。マニュアルに書ききれない判断基準や、経験からくる現場での感覚は「暗黙知」と呼ばれ、その多くが個人のなかに蓄積されたままブラックボックス化しがちです。こうしたノウハウを持つ熟練者が退職することは、企業の根幹をなす重要な競争力が組織からそのまま失われるリスクを意味します。特に需要変動や在庫状況、調達条件が複雑に絡み合う材料手配などの計画業務では、属人化の解消が急務となっています。

 今回の取り組みで極めて特徴的なのは、AIが一方的に正解を提示するのではなく、人間に「質問する」「判断理由を引き出す」といった役割を担う点です。実証では、計画立案時に判断の留意点や業務ルールを提示する「チューターAIエージェント」と、結果の振り返りを通じて熟練者自身も言語化しきれていなかった着眼点を問いによって引き出す「インタビューAIエージェント」を実業務に実装しています。AIが人間の上位に立つ教師になるのではなく、人間が持つ知識の言語化や整理をサポートし、人間同士の相互理解を促す「ファシリテーター」として機能させており、暗黙知を言語化して共有する知識マネジメントの考え方に近いアプローチとも捉えられます。

 近年、日立製作所やNTTデータ、国内の大手メーカー各社において共通し始めているのは、AIを単なる業務効率化ツールとしてではなく、個社ごとの技術やノウハウをデータベース化して企業の「知識資産」を永続的に残すための経営インフラとして位置づけ直す動きです。サプライチェーン業務における在庫判断や発注タイミング、突発的なリスクへの対応などは、いずれも熟練者の経験知に依存する度合いが強い領域です。これらをAIエージェントによって形式知化し、自律的な知識循環を組織内に構築することは、生産性の向上にとどまらず、長期的な企業競争力の強化に直結する可能性を秘めています。

 生成AIの技術革新が進むなか、市場の競争軸は「どれだけ賢いAIを導入するか」というソフトウェア自体の性能競争から、「自社固有のノウハウや判断ルールをどれだけ効率的にAIに移植し、学習させられるか」という知識資産の争いへと移行しつつあります。利用する生成AIの基盤システムが同じであっても、そこに蓄積されている組織独自のナレッジの質と量が違えば、生み出される品質や対応力には圧倒的な差が生じるためです。今後のデジタルトランスフォーメーション(DX)においては、汎用的なシステムの導入以上に、組織内に眠る知識資産の可視化と蓄積こそが、最も重要な経営資源になっていくと考えられます。

 生成AIの登場以降、社会的な議論の多くは「AIが人の仕事を奪うか」という代替の視点に集中してきました。しかし、日本の製造業の現場で胎動し始めている潮流は、その予測とは真逆の方向を示しています。AIは人を置き換える存在ではなく、人間が培った貴重な経験や高度な判断を、組織全体の未来へ確実に受け継ぐための強固な基盤として活用され始めています。

 人口減少と深刻な労働力不足が避けられない日本経済において、これからの企業競争力を左右するのは、高度なAIそのものの性能ではなく、「人が培った知恵をいかに未来へ残せるか」。今回の実証は、単なる業務効率化を超え、長期の競争力強化を狙った投資としてのDXの新たな方向性を明瞭に示す取り組みとして注目されます。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)