AI運用で広がるプライベートクラウド 企業はコストと管理を重視へ

2026年06月10日 10:27

クラウドイメージ (1)

AIの本番運用では、パブリッククラウド一辺倒からプライベートクラウドを組み合わせる流れが拡大。コスト管理やデータ主権を重視し、企業のAIインフラ戦略は「最適配置」の時代へと移りつつあります。(画像はイメージ)

今回のニュースのポイント

米ブロードコム(Broadcom)が公表した調査報告書「Private Cloud Outlook 2026」によると、人工知能(AI)の本番運用フェーズへの移行に伴い、インフラ基盤としてプライベートクラウドを選択・回帰する動きが世界的に拡大しています。AI運用の大規模化によるパブリッククラウドのコスト高騰や、地政学リスクを背景としたデータ主権(ソブリン)への関心の高まりが主因です。企業のインフラ戦略は、盲目的なパブリック移行から、用途やガバナンスに応じて最適な環境を緻密に選択・配置する「最適化」の時代へと転換しています。

本文
 企業の人工知能(AI)活用が単なる実証実験の枠を超え、企業の基幹ワークフローや本番運用へと組み込まれる2026年、ITインフラ戦略の潮目が大きく変わり始めています。これまでの生成AIをはじめとする初期の開発・実験フェーズでは、高度なAIツールや計算資源へ迅速にアクセスできるパブリッククラウドの活用が主流であり、合理的でもありました。

 しかし、日常的なアプリケーションや業務プロセスにAIモデルを組み込む本番運用(推論)フェーズへ移行したことで、求められる要件は一変しています。世界1,800人のシニアIT意思決定者を対象とした最新調査では、本番環境におけるAI推論の実行基盤として、56%の企業がプライベートクラウドを運用、または運用を計画していると回答しました。対照的に、パブリッククラウドの利用割合は前年の56%から41%へと、1年間で15ポイントも急落しています。特に高いセキュリティやコンプライアンス要件、低遅延、ビジネス継続性が重視される中核ワークロード領域の多くを、自社管理インフラ側に寄せる動きが強まっており、「柔軟性」より「安定運用・管理性」を優先する傾向が明確になっています。AIはパブリックで開発し、プライベートで本番運用する方向へ企業戦略がシフトし始めています。

 プライベートクラウドへのシフトを突き動かす最大の要因は、パブリッククラウドの利用に伴うコスト管理の問題です。AIの推論を本番規模で継続実行する場合、GPUコンピューティングや大容量ストレージ、ネットワーク帯域を長時間占有するため、持続的な高負荷がインフラに求められます。従量課金モデルを基本とするパブリッククラウドでは、膨大なデータ移動や隠れた帯域幅チャージが累積し、月額コストが事前の予測以上に膨らみやすくなります。

 調査では、ITリーダーの31%が最大の懸念事項としてコスト管理を挙げ、ついに長年の首位だったセキュリティを抜いてパブリッククラウドの最大の課題へと浮上しました。じつに97%の企業がパブリッククラウド支出の一部に無駄があると認識しており、過半数の52%はその浪費割合が25%を超えていると回答しています。AI活用が進むほど、予測不可能な変動費としてのクラウド利用料は企業収益を直撃する経営リスクへと変貌しており、これがコスト予見性に優れたプライベート環境へのワークロード回帰を加速させる強力な動機となっています。

 コストと並び、2026年の企業戦略において重要因子となっているのが、地政学的要因や各国の法規制に伴うデータ主権とコンプライアンスの担保です。企業の独自データや機密情報、顧客レコードを学習・推論に活用するAIインフラの運用において、データの物理的な所在地や法的管轄権のコントロールは極めて重要な意味を持ちます。調査に応じたITリーダーの86%が、地政学的要因や法規制がITインフラ戦略に影響を与えていると答えています。なかでも地政学リスクへの対応において、データ主権・データ居住性を最大の懸念事項として54%が挙げており、役員会レベルのインフラ優先課題に位置づけられています。

 EUのGDPRをはじめとする各国のデータローカライゼーション規制や地政学リスクを背景に、センシティブデータはプライベートクラウドや自社データセンターに置き、パブリックは非機密データやバースト用途に限定するという多層的なガバナンス戦略を採る企業が増えています。

 高度化するAI運用の現場では、最先端インフラを管理・運用するための深刻なIT人材不足という壁が立ちはだかっています。企業が直面している最も深刻なスキル不足の領域は、AIインフラストラクチャと運用(40%)であり、次いでクラウドセキュリティ運用(38%)、Kubernetes(クバネティス)運用(37%)が挙がっています。これらの専門人材の需要が市場の供給スピードを遥かに上回っているため、現在じつに81%の企業がクラウド関連のニーズを満たすために外部のプロフェッショナルサービスやフルアウトソーシングに依存せざるを得ない実態があります。

 しかし、外部パートナーへの依存は短期的な解決策に過ぎず、中長期的な競争力を維持するためには、システム全体のアーキテクチャの複雑性を引き下げることが不可欠です。AI導入競争の勝敗は、単に最先端のAIモデルを採用することだけでなく、どれだけ少人数で安定運用できるインフラを設計できるか、どのベンダーとどこまで責任分担するかという運用体制をどう構築するかという競争になってきていると分析されています。

 今回のブロードコムによる大規模調査が明かした本質は、すべてのシステムをパブリッククラウドから引き揚げるという単純なオンプレへの全面回帰ではありません。パブリックかプライベートかというデジタルな二者択一の時代は終わり、ワークロードごとにパブリック、プライベート、エッジを組み合わせるクラウド最適化の段階に本格的に入っています。

 AI推論のように長時間・高負荷で動く処理はプライベート側、実験的なモデル開発や急なスパイク需要にはパブリッククラウド、リアルタイム処理にはエッジといった具合に、AIインフラの設計力そのものが企業競争力の源泉になりつつあります。AI競争はモデル性能だけでなく、AIをどこで、いくらで、安全に動かすかというインフラ競争へ移りつつあります。「クラウド一強」の時代から、「コスト・データ主権・ガバナンスを踏まえて最適配置する時代」へ──。AI時代は企業のIT投資だけでなく、経営戦略そのものを書き換え始めています。 (編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)