生殖腺毒性を有する抗がん剤治療や放射線療法の晩期合併症の一つに不妊症がある。射出精子が回収できる思春期後の男性がん患者では、治療前に精液を凍結保存することができ、妊孕能温存法として確立している。精液を保存液と混和して液体窒素内に置けば、数十年以上保存が可能だ。顕微授精の技術的進歩によって、凍結保存した精子でも、凍結していない精子を用いた場合とほぼ同等の受精率、着床率、出産率が得られるようになった。
しかし、性未成熟な若年男性がん患児では精子形成が開始しておらず、精子凍結保存は応用できない。小児がんの治療が進歩し、治癒率は急速に改善しているが、晩期合併症に悩むケースも増えているという。そのひとつが、癌治療経験者の不妊症だ。
そのような現状を背景に横浜市立大学大学院生命医科学研究科 小川毅彦教授、医学研究科泌尿器病態学 窪田吉信教授(現学長)と大学院生 横西哲広医師らは2日、新生仔マウスの精巣組織を凍結保存し、解凍後に器官培養することによって精子形成を誘導させ、精子産生に成功したと発表した。また、この精子を用いて産仔を得ることにも成功し、臨床応用の可能性を示した。
同グループでは、2012年には、無精子症のマウスの精巣組織を、サイトカインを加えた培地で培養することによって精子産生した。そして今回、新生仔マウスの精巣組織を凍結保存し、解凍後に培養して妊孕能(にんようのう:妊娠させる力)を有する精子を産生することに成功した。
最初に、凍結法の検討を行った。細胞凍結保存に用いられている一般的な方法である緩慢凍結保存法と、卵の凍結法として確立しているガラス化凍結保存法 を用い、新生仔マウスの精巣組織をこれら二つの方法で凍結した後に解凍し、培養を行った結果、それぞれの方法で精子細胞、精子を得ることに成功した。
また凍結精巣組織からの精子回収効率は、凍結保存を行っていない場合と遜色ない結果だった。最後に、産生された精子細胞および精子を用いて顕微授精を行ったところ健常な産仔が得られ、それら仔マウスたちは正常に成長し、成熟後に自然に交配して孫世代が得られた。
性未成熟な哺乳類の精巣組織を凍結保存し、培養下で妊孕能を有する精子を得たのは世界で初めての成果だという。今回はマウスという実験動物を用いたものだが、将来ヒト精巣組織の培養法が完成し、培養下で精子産生が可能となれば医学応用が現実的なものになると考えられるとしている。特に小児がん患者(男児)の精巣組織を凍結保存することは、患児の生殖能を保存することとなり、癌治療に伴う不妊症という晩期合併症を生じた際に、子供を得ることの可能性を残す非常に有力な方法になると期待されるとしている。(編集担当:慶尾六郎)