W杯のジンクス 直後の国政選挙は与党敗北という事実

2014年07月06日 11:10

 6月24日より始まったブラジルW杯のグループリーグ最終節。7月14日の決勝戦まで熱戦が繰り広げられる。バロンドールという年間世界最優秀選手に贈られる賞をW杯前年に受賞すると、その選手を擁する国は本大会では勝てないという「バロンドールの呪い」のほか、アメリカ大陸でのW杯は南米勢しか優勝できないという「アメリカ大陸のW杯」など、さまざまなW杯にまつわるジンクスが存在する。

 日本国内に目を移すと、W杯と日本の国政選挙との間に密接な関係がある。時事通信社によれば、日本代表が初出場した1998年以降、W杯後に実施された大型国政選挙では、当時の与党第1党が敗北、苦戦しているというのだ。

 98年は日本代表が予選リーグを全敗する前日に参院選が公示されたが、自民党は改選60議席を44議席(追加公認を除く)まで減らした。恒久減税をめぐる発言のぶれが響いた橋本龍太郎首相は責任を取り、開票翌日に退陣を表明した。

 2002年は日韓共催となった。小泉純一郎首相が主要国首脳会議(サミット)が開かれたカナダからドイツのシュレーダー首相を政府専用機に同乗させ、一緒に横浜市で決勝戦を観戦した。翌03年の衆院選では、旧自由党と合併した民主党の躍進を許し、自民党は公示前勢力を10減らす237議席にとどまった。

06年の日本代表の予選敗退について「残念だった」と語った安倍官房長官は、3カ月後の自民党総裁選で圧勝、首相の座を小泉氏から引き継いだ。だが、閣僚交代が相次ぐなどして逆風下で迎えた07年の参院選で、自民党は改選64議席を37議席まで激減させる歴史的惨敗を喫して第1党から陥落。衆参両院で与野党勢力が逆転する「ねじれ」状態が生じた。

 10年の参院選の開票日は、くしくも南アフリカ大会の決勝戦と同一日。初めて与党として臨んだ民主党は、菅直人首相の消費増税をめぐる迷走が響き、改選54議席が44議席まで後退。自民党は改選第1党を奪還し、今度は民主党がねじれに苦しむ番となった。

 次の国政選挙はというと、衆議院議員の任期満了は16年12月、参院選は16年7月だ。この選挙で国民は安倍政権にどのような審判を下すだろう。ジンクスはまだ生きているのか。(編集担当:久保田雄城)