技術の進歩とともに、ヒューマンファクターの重要性が注目され始めている。ヒューマンファクターとは、簡単にいえば「人的要素」のことだ。機械の操作や設備の活用、組織の運営に至るまで、それらを安全に動作させたり、スムーズかつ経済的に運用するためには、人間の行動や判断が大きく影響する。
同じ自動車に乗っても、運転者の技量によって同乗者の快適さは異なってくる。雪山で同じスキー板を履いても、初心者と上級者では滑れる斜面が異なる。他にも、ゲームで同じパラメーターを持つキャラクターを使用しても、操作するプレイヤーの力量で強さに差が生じる。
これまで、人は機械や道具に合わせて生きてきた。言い換えれば、人が機械や道具を理解し、使いこなそうとしてきた。ところが最近、技術が飛躍的に発展したことによって、この関係が逆転しつつある。
例えば、日本で絶大な人気を獲得している米Apple社のiPhoneやiPadなどに搭載されている音声認識アシスタント機能のSiri。「文字を打ち込む代わりに音声で検索する機能」と、言ってしまえばただそれだけのものだが、機械が人を理解しようとする最初の一歩とも言えるのではないだろうか。また、今、自動車業界でエコカーに続く有力分野として注目されているAEBS(先進緊急ブレーキシステム)、いわゆる「ぶつからないクルマ」もその一つだろう。海外ではボルボやベンツ、日本でも2003年にホンダ<7267>のインスパイアや富士重工業<7270>のスバル・レガシィに「CMBS(追突被害軽減ブレーキ)」が搭載されたのを皮切りに、途中、国土交通省の認可の問題等で紆余曲折はあったものの、今では小型車や軽自動車でも常識的な装備になりつつある。トヨタ自動車<7203>では、歩行者との衝突が避けられないと判断した場合に自動操舵で避ける、動的なものにも対応できるより高度なシステムを開発中だ。
これらのシステムの根本を支えているのは、機械が人間の技量、ヒューマンファクターを理解しようという技術だ。これまでは人間が車の性能やスペックにを理解し、それに合わせて運転するのが普通だったが、これからは自動車の方が人間の技術や目的を理解しようとする乗り物に生まれ変わっていくだろう。
さらに、それを「楽しみ」にまで活かそうとしているのが、ヤマハ発動機<7272>だ。同社は、首都大学東京や関西学院大学などとの共同研究を通し、眼球の動きや脳波などによるヒトの状態推定技術に積極的に取り組んでいる。これらの研究は、刻々と変化する交通状況に対し、ライダーがどの程度の余裕を持っているのか、その状態を客観的に推定することを目的としたものだ。
人が操縦する乗り物の中でも、バイクはとくにヒューマンファクターの影響が大きい乗り物だ。ヤマハ発動機によると、「ライダーが安全志向を持ちながら、かつ楽しいと感じるのは、操縦技量と余裕の境界にある領域」だそうで、それを実現するためには車両の開発だけでなく、ライダーの特性を深く理解することは欠かせない。同社では、2013年にはライディングのスムーズさを数値化する機能を搭載したアプリ「SmartRiding」などもリリースして、バイク愛好者たちからも好評を得ている。また、国内だけでなく海外市場に向けても、研究データを生かした操縦技量の判定ソフトの開発やイベントの企画等において、技量判定技術を活用することを検討している。
こうした動きは今、バイクや車だけでなく、ロボットや家電にも広がりつつある。人が機械に合わせるのではなく、機械が人を理解して動くようになれば、操作性や利便性、経済性などがさらに増すだろう。そんな、機械が人を理解する未来は、もうそこまで近づいているのだ。(編集担当:藤原伊織)