筋萎縮性側索硬化症(ALS)は運動ニューロンの選択的な細胞死をひき起こす成人発症の神経変性疾患。筋力低下や筋肉の萎縮が全身に広がることで、手足の運動麻痺や飲み込み、発音の障害が進行する。多くは発症からわずか3~5年で呼吸筋の麻痺にいたるため命にかかわる疾患でありながら、今もなお症状を改善する有効な治療法がなく、発症メカニズムの十分な解明が求められている。国内に約1万人、世界で約35万人とされるALS患者の約10%は、家族性に発症がみられる(家族性ALS)。
この家族性ALSの原因遺伝子を明らかにする研究によって、ALS発症にかかわる遺伝子が現在25種類以上みつかっている。今回、東北大学大学院医学系研究科 神経内科学分野の青木正志教授と遺伝医療学分野の青木洋子教授の共同研究チームは、家族発症歴のある日本人のALSの原因遺伝子を次世代シークエンサーによって幅広く解析し、ALS発症に関わる複数の遺伝子変異を明らかにした。
これまで東北大学神経内科では日本人家族性ALS 111家系を集積し、直接塩基配列決定法(サンガーシークエンス)を用いて36家系にSOD1変異、12家系にFUS変異を同定してきたが、残る約60%では原因遺伝子が不明だった。今回の研究では、遺伝子変異が未同定であった45家系(患者51例)のゲノム DNAを対象に、次世代シークエンサーを用いてALSおよび運動ニューロン疾患関連35遺伝子のターゲットリシークエンス解析をおこない、原因遺伝子を探索した。その結果、6例にこれまでALS関連遺伝子変異として報告のある(既知の)ANG、OPTN、SETX、TARDBP 変異を同定した。また、1例にこれまでに同定されていない新しいALS2変異を同定した。一方、欧米人の家族性 ALS で頻度の高いC9ORF72変異は同定されなかった。
この研究成果により、同科で集積してきた日本人家族性 ALS 家系全体における既知の遺伝子変異の種類と頻度が明らかとなり、SOD1、FUS、SETX、TARDBP、ANG、OPTN変異の頻度は順に 32%、11%、2%、2%、1%、1%だった。この結果は過去の報告とほぼ合致しており、日本人ALSの家族性発症要因としては SOD1変異が最多、ついでFUS変異が多く、TARDBPおよび OPTN変異は少ないといえるという。
欧米人(ヨーロッパ、米国)およびアジア人(韓国、台湾、中国)からの家族性ALSにおける遺伝子解析研究の結果との比較により、人種差が明らかとなった。欧米人で最多となるC9ORF72変異がアジア人で極めてまれである一方、アジア人ではSOD1変異がもっとも多く、ついでFUS変異の頻度が高いことが明らかとなった。世界的にTARDBP変異の頻度は一律に低く、ANG変異は非常にまれだった。家族性ALSにおける遺伝的背景には人種差があり、分子病態の多様性が示唆される。
今後も新たな家族性ALS原因遺伝子の探索を続けることでALS発症メカニズムを解明する手がかりを見出し、iPS細胞やゲノム編集など最新の研究手法を駆使して治療法開発につながる病態研究を発展させることが期待されるとしている。(編集担当:慶尾六郎)