お正月の「おとそ」には、病気や邪気を祓い、無病息災を祈るという意味がある。まだまだ新型コロナウイルスに悩まされる日々を、おとそで吹き飛ばしたいものだ。そんなおとそで飲まれることの多い日本酒の国内出荷量が、年々減少傾向にある。農水省の調べによると、ピーク時は170万リットルあった日本酒の国内出荷量が、2020年には42万リットルまで減少したそうだ。コロナ禍によって度重なる飲食店の休業や時短要請が行われたことも、減少に拍車をかけた原因の一つだろう。
日本酒離れが進む原因は、何もコロナ禍だけではない。事実、チューハイやリキュールの出荷量は、年々増加傾向にある。日本酒は「通好み」や「敷居が高い」と感じられることが多く、馴染みの薄い若い世代や、女性からの支持で苦戦している。どこか敬遠されがちな日本酒のイメージを打破することが、清酒業界の急務と言えるだろう。そんな中、既に動き出している企業がある。国内大手メーカーの白鶴酒造だ。
日本の清酒生産量の約3割を占める「灘五郷」に本社を構える白鶴酒造では、日本酒離れが進む若年層にターゲットを絞り、もっとカジュアルに日本酒を楽しめる機会を増やすことを目的にした、『別鶴』プロジェクトを立ち上げた。メンバーはターゲットと同世代の、平均年齢30歳という若手社員たちで構成。所属や経験の有無を問わず、「若い世代に、もっと日本酒を楽しんでほしい」、「若い力で、日本酒の世界を盛り上げていきたい」という共通の思いで動き始めた。
「あっと驚くあたらしい日本酒作り」をテーマに掲げ、今までの既成概念に囚われない商品開発を推し進めた。まず「酵母」は、同社が独自で蓄積してきた400以上の酵母の中から、テスト醸造を何百回も繰り返して厳選したものを使用。「酒米」は10年以上の品種改良を重ねて磨き抜かれた「白鶴錦」を100%採用。更に仕上がったお酒を「杉樽」で1週間程度貯蔵し、元のお酒にブレンドすることで、杉の香りを隠し味として使用している。米も杉も100%兵庫県産にこだわる徹底ぶりだ。
あたらしい日本酒作りは、商品開発だけに止まらない。上記のこだわりで生み出された日本酒の商品化に、クラウドファンディングを活用した。予想を遥かに超えるスピードで目標金額を達成し、最終的には目標の5倍を超える支援が集まったそうだ。販路もターゲットに合わせて、ネットや百貨店などでの販売に注力。当初からの掲げる「若い世代に向けて、日本酒の可能性を広げる」というスローガンを、文字通り体現している。
肝心な味の評判も上々だ。様々な料理とも合わせやすく、「ライスワイン」との呼び声も高い。普段はあまり日本酒を口にしない方からも、フルーティーで飲みやすいという声が挙がっている。「新しい日本酒の世界を覗こう」というコンセプトに基づいた商品パッケージも好評で、「2021年度グッドデザイン賞」を受賞した。別鶴プロジェクトは第一弾、第二弾と展開しており、まだまだ白鶴酒造の挑戦は継続中だ。
ピンチの後にチャンスあり、という言葉がある。日本酒離れというピンチを、日本酒に触れてこなかった人々に、商品を認知してもらうチャンスと捉えることもできる。ここ数年のコロナ禍というピンチの後にも、必ずチャンスがやって来るはずだ。そんなことをワイワイ語り合える、賑やかな居酒屋の雰囲気が戻って来ることを信じたい。(編集担当:今井慎太郎)