投資家にとって「株式分割」は、おいしいのか?

2023年07月09日 09:33

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電子部品メーカーのロームは6月5日、10月1日付で株式1株を4株に分割する「株式分割」を行うと発表した。同社の株式分割は1992年5月以来、約31年ぶりとなる

■2023年春から「株式分割ブーム」が到来

 電子部品メーカーのロームは6月5日、10月1日付で株式1株を4株に分割する「株式分割」を行うと発表した。同社の株式分割は1992年5月以来、約31年ぶりとなる。同時に2024年3月期の期末配当予想を従来の100円から4分の1の25円に修正したが、株主にとっては株式分割によって保有株数が4倍になるので、受け取る配当の金額(配当×株数)に変化はない。

 2022年10月には任天堂が株価が10分の1になる1株→10株の株式分割を実施。2023年になると3月に「ユニクロ」「GU」を運営するファーストリテイリングが1株→3株、4月にはファナックが1株→5株、「東京ディズニーリゾート」を運営するオリエンタルランドが1株→5株、東京エレクトロンが1株→3株、ダイフクが1株→3株の株式分割を、それぞれ実施した。

 5月に入るとSCREENホールディングス(1株→2株)、NTT(1株→25株)、綜合警備保障(1株→5株)、アドバンテスト(1株→4株)、村田製作所(1株→3株)と大手企業が次々と株式分割の実施を発表し、まさに株式分割発表ラッシュの様相を呈している。

 なぜ今、株式分割が「ブーム」なのか? 東京証券取引所(東証)、実施企業の狙いは何なのか? そして株式分割が投資家にとって「おいしい」という話は、本当なのだろうか?

■東証は、株を買いやすくして個人投資家を増やしたい

 日本の上場株式はかつて、世界で最も買いにくかった。

 アメリカでは現在、マイクロソフトもアップルもアマゾンもアルファベット(グーグル)もテスラも株を1株単位で買えるが、日本の上場株式は長い間、大多数の最低売買単元が「1000株」だった。それが引き下げられ「100株」に統一されたのは、5年前の2018年10月である。

 たとえば株価が1000円で最低売買単元が1000株なら、購入代金だけで100万円の資金が必要になる。さらに証券会社に支払う売買手数料もかかる。日本を代表する有名企業の株を買いたければ最低でも100万円を超える資金が必要になり、それが普通のサラリーマンのような人を株式投資から遠ざけていた。

 そうなっていた理由には昭和の時代の株主総会の「総会屋対策」「1株株主対策」や、株主総会案内状の印刷・郵送代やお土産代などで1株主あたり1000~2000円の経費がかかるため、企業は株主数をあまり増やしたくなかったという事情が挙げられる。証券界も手間のかかる小口売買の増加、個人投資家の底辺の拡大をあまり歓迎していなかった。資金に余裕がある資産家なら多少の損失が出ても許してもらえるが、資金に余裕のない「素人」は、たとえ数万円でも損をさせたら悪評をさんざん流されて後が怖い、という営業部門の共通認識もあった。

 それが平成になって、規制緩和による売買手数料の引き下げ、ネット取引の普及、手数料格安の新興のネット証券会社の台頭などがあり、個人投資家をめぐる風向きが変わってきた。

 政府は「貯蓄から投資へ」のかけ声のもと、個人投資家を増やそうと2014年1月にNISA(少額投資非課税制度)を創設。1995年に従来の10分の1の資金で株式投資ができる「株式ミニ投資」制度をスタートさせていたが、証券界ではさらに低い金額で個別株に投資できる「単元未満株投資」のしくみを整備した。

 東証のオフィシャルな最低売買単位「1000株」もなし崩し的に減って「100株」に統一され、個人投資家は10万円単位の資金で有名企業の株に投資できるようになった。東証は「第一部」「第二部」「マザーズ」「ジャスダック」に分かれていた市場を2022年4月に「プライム」「スタンダード」「グロース」に再編し、便宜を図った。それでも個人投資家の拡大にはまだ不十分と考えたのか、2022年10月に1銘柄の最低投資金額は「5万円以上50万円未満が望ましい」という方針を打ち出した。これが「50万円ガイドライン」である。

■株式分割で「50万円ガイドライン」をクリアする

 そのガイドラインを達成するために、最低投資金額が50万円を超える上場企業は、最低売買単位「100株」はそのままに、「株式分割」によって株価を下げて個人投資家が株を買いやすくするという対策に打って出た。2023年6月12日付の日本経済新聞は、最低投資金額が50万円を超える上場企業の5社のうち1社が株式分割に向けた動きをみせていると報じている。

 株式分割とは簡単に言えば、1個のリンゴを包丁で切って2個、3個に割るように、「1株→2株」というように株数が増えると「みなす」こと。現在は紙の株券は発行されていないので、システム上で「1株→2株」というように数字を書き換えるだけで済ませられる。

 その場合、発行済株式数全体も個々の株主の保有株数も共に2倍になるので、個々の株主の株主総会の議決権全体に占める比率(シェア)は変化しない。株主への配当金や株主優待は「1株→2株」であれば従来の2分の1になるのがふつう。

 1株の株価が1000円の時、「1株→2株」の株式分割を行うと、株価は2分の1の500円になる。もともと100株を持っている投資家は保有株数が200株になるが、「1000円×100株=10万円」が「500円×200株=10万円」になるだけで、損も得もしない。1個のリンゴを4つに切ってもリンゴのトータルの重さは増えも減りもしないのと、同じである。

 しかし、現在はその株を持っていないが、それを欲しいと思っている投資家は、株式分割が行われたら最低投資金額が「1000円×100株=10万円」から「500円×100株=5万円」と半額になるので、その分、その株を買いやすくなる。「10万円は出せないが、5万円なら出せる」という投資家もいるだろう。リンゴの4つ切りを40円で買っても、リンゴの味は変わらない。

 そうやって小口の株式投資を行う個人投資家の底辺をひろげ、売買を活発にし、株式市場を活性化する。難しく言えば「投資家層の拡大」と「市場流動性の向上」を図る。それが東証の狙いである。

 6月5日に株式分割を発表したロームの場合、6月11日の終値は12680円だったので、最低投資金額は「12680円×100株=126万8000円」で「50万円ガイドライン」に対して76万8000円も高く「不合格」だ。しかし「1株→4株」の株式分割を実施する10月1日以後は、株価が6月11日の終値と同じと仮定すると株価は4分の1の3170円になり、最低投資金額は「3170円×100株=31万7000円」となって、東証の「50万円ガイドライン」をクリアし「合格」となる。ロームの株価が10月1日までに6月11日終値の1.57倍の2万円を超えない限り、最低投資金額は東証が望ましいとする50万円未満におさまる。

 ロームは株式分割の理由について「個人投資家の皆様にとっても売買しやすい投資単位とした」と説明している。それは東証の狙いとピタリと一致している。

■若年層の投資を呼び込めるか「新NISA」開始

 「50万円ガイドライン」の目的は、個人が株式に投資しやすい環境を整えることにある。

  5月に「1株→25株」すなわち株価を25分の1にするという超大型の株式分割を発表したNTTは「株主の若返り」を狙っている。NTTの株主数は2022年3月末で69万人もいるが、その約8割は60歳代と年齢層がかなり高い。島田明社長は決算説明会で「若い人にも投資してもらうためには単価を下げていく必要がある。アメリカのアマゾン・ドット・コムやグーグル(※)のように、環境整備をしていく必要がある」と話している。

 ※注:グーグルの現在の社名はアルファベット

 NTT株の6月11日の終値は4118円で、株式分割後の25分の1で計算すると165円になる。100株買うには1万6500円と、ネット証券会社であれば消費税込100円未満の売買手数料を用意すればいい。これなら若い人でも買いやすいだろう。

 そのNTT株を売却する際は、消費税込みの売買手数料に加え、株価の上昇で売却益が出ていたら20%の税金(所得税/キャピタルゲイン課税)が差し引かれて振り込まれるが、税金にはNISA(少額投資非課税制度)の年間非課税枠がある。

 非課税枠は現在の「一般NISA」では18歳以上120万円だが、約半年後の2024年1月から始まる「新NISA」では「成長投資枠240万円」に倍増する。これは現在のつみたてNISA改め「つみたて投資枠」120万円とは別枠で併用が可能だ。国もそうやって個人、特に若い層の株式投資を応援しようとしている。

 このように企業、証券界の個人投資家歓迎ムード、東証の「50万円ガイドライン」、国の「新NISA」の相乗効果によって今、上場企業の「株式分割ブーム」が加速している。

■株式分割は、やっぱりおいしい?

 株式分割は、それ自体は企業価値に影響を及ぼさず、株価に対しては上げ材料にも下げ材料にもならず「ニュートラル」だと言われている。しかし、それは教科書的な答えで、実際にマーケットでは株式分割を発表すると株価が上昇するケースがけっこう多い。

 論より証拠。2023年5月、6月に株式分割を発表した企業の、発表当日、直後と6月11日終値の株価を比べてみよう。

 銘柄名     発表日  当日終値 翌営業日終値(騰落率) 6月11日終値(騰落率)

・SCREEN     5月10日 11420円  11560円(+1.2%)   15545円(+36.1%)
・NTT       5月12日 4108円  4199円(+2.2%)    4118円(+0.2%)
・綜合警備保障  5月12日 3915円  3950円(+0.9%)    3997円(+2.1%)
・アドバンテスト 5月19日 13910円  14330円(+3.0%)   18365円(+32.0%)
・村田製作所   5月23日 8050円  8046円(-0.04%)   8509円(+5.7%)
・ローム     6月5日  12180円  12640円(+3.8%)   12680円(+4.1%)

 村田製作所だけが翌営業日にわずかに下げたが、発表当日から6月11日までに6銘柄全て株価を上昇させている。5月は日経平均株価の月間騰落が2031円高(+7.0%)と非常に好調だったことを差し引いても、投資家にとって「株式分割はおいしい」を裏付ける結果になった。SCREENホールディングスとアドバンテストは騰落率がプラス3割超で、特別おいしかった。

■なぜ、株式分割はおいしいのか?

 最大の理由は「今までは最低投資金額が高すぎて敬遠していた人も買えるようになる」で、それだけ買いが集まる。それは、デパートで人気ブランドをバーゲンセールで売り出すと奪いあいになるのと同じ理屈である。ただしその銘柄に「任天堂」や「ユニクロ」や「東京ディズニーリゾート」のような人気ブランド級の魅力がなければ、株価の上昇は限定的になる。

 副次的な理由は、配当、株主優待の「インカムゲイン狙い」の投資家を引き寄せる場合があること。たとえば「1株→2株」の株式分割を行っても配当金を半分にせずに据え置いたり、2割減配にしたり、株主優待の条件を変えなかったら、それなりに人気を呼ぶ。

 また、知名度が低い銘柄であれば発表で「株式分割ができるほど業績がいいのか」「成長力があるのか」「株価が上がっているのか」と、投資家に「再発見」される効果が生まれる場合もある。「バンドワゴン効果」と言って、楽隊が音楽を奏でて街の通りを行進すると「なんだ、なんだ」と人が集まってきて路上販売や大道芸人やスリの稼ぎ場になるように、株式分割が兜町界隈の話題になるだけで投資家が集まってきて、そこに短期でちゃっかり利ザヤを抜いて売り逃げようという投資家も加わって、株価がさらに上昇する現象も起きたりする。

 なお、かつては株式分割を行ったら分割後に増えた分の株数がマーケットに出回るまでに約2カ月のタイムラグがあり、その間は需給バランスが需要に傾いて株価が上昇する現象が起きた。それをとらえてホリエモンこと堀江貴文氏が、当時経営していたライブドアの1株→100株の超々大型株式分割実施に際して「お買い得」とアピールしていたことがあったが、現在ではそのタイムラグは解消されている。

 東証が「50万円ガイドライン」を掲げ、「新NISA」開始が近づく今、最低投資金額が50万円を超える銘柄、100株で割れば株価が5000円を超えている銘柄は、近い将来の株式分割発表候補である。その中から有望銘柄をピックアップして先回りして買っておく投資戦略は、後でおいしい思いをする確率が高くなる、と言えるだろう。(編集担当:寺尾淳)