今回のニュースのポイント
先週末5月29日、経済同友会は「エネルギー自立を国策の根幹へ」と題する意見書を公表しました。生成AIの普及やデータセンター拡大による電力需要増を見据え、経済・産業基盤を支える電源構成の最適化を訴える内容です。かつて安全性論争に終始した原発議論は今、デジタル社会を支える電力をいかに現実的に確保するかというインフラ論へ移行しています。二項対立を超えた「システム全体最適」の最前線を解説します。
本文
ここ数年の間で、私たちの社会を取り巻くデジタル環境は大きく変化しました。2023年以降、対話型AI「ChatGPT」をはじめとする生成AIの普及や企業のクラウド移行が急速に進行しています。その裏側では、膨大なデータを24時間絶え間なく処理し続ける巨大なデータセンターの稼働が進んでおり、世界的な電力需要の増加が現実味を帯びています。
先週末29日に経済同友会が公表した意見書は、こうしたAIの急速な進化・普及に伴い、データセンターをはじめとする電力需要が今後大幅に増加すると指摘し、エネルギー政策が「経済・産業基盤を左右する重要な局面」を迎えているとして、その安定確保の必要性を訴えました。電力が不足すれば、次世代の産業を担うAIや国内の半導体工場を安定的に動かすことはできず、国家の産業競争力に影響を及ぼしかねないという強い問題意識が出発点にあります。
こうした莫大な電力需要を賄う上で、太陽光や風力といった再生可能エネルギーの拡大は当然ながら不可欠な要素です。意見書でも、再エネは導入リードタイムの短さや、条件次第で限界費用が極めて低い点などを最大の利点として高く評価しています。しかし同時に、日本特有の地理的・系統的な厳しい制約という現実も直視せざるを得ません。島国であり山地が多い我が国では、地形や土地利用の制約、さらには自然環境や景観、地域共生といった観点から「競争力に長けた立地には限りがある」と現実を示しています。
また、自然条件が良好な地域は往々にして大都市などの需要地から遠く離れており、大量かつ安定的に送電するための系統網(送電網)の整備には莫大な時間とコストが伴います。天候や時間帯による発電量の大きな変動を補うには、バックアップ電源や蓄電設備の追加が必要となり、これら単独で全てを賄うことの限界を指摘しています。
そこで、経済界が改めて指摘しているのが原子力発電の再稼働問題です。これは決して単なる「原発推進論」や特定のエネルギーへの嗜好ではありません。エネルギーの安全かつ安定的な確保(安定供給)、産業活動や国民負担を抑える「経済性」、そして脱炭素社会の実現(環境適合)を同時に満たすための、現実的な選択肢として位置付けられています。意見書は原子力発電を「長期にわたる自立性の向上や安定供給、脱炭素を支えるとともに、電力系統の安定運用に不可欠な機能を提供する現実的な主力電源オプションの一つ」と明確に位置づけています。
決して単一の原子力のみに依存するような「単独解」を求めているのではなく、原子力、再生可能エネルギー、そして移行期における高効率な化石燃料(火力)を適切に組み合わせた、重層的な一次エネルギーミックスの構築こそが日本の安全保障に不可欠であるというロジックです。
今回、経済同友会の提言が従来の「賛成か反対か」という原発論争と決定的に異なるのは、電力供給を単なる「発電量(キロワット時)」だけの問題として捉えず、送電網全体の「システム全体最適」という高度なインフラ論へ昇華させている点です。これまで火力や原子力などの大規模電源は、単に電気を作るだけでなく、巨大な大型回転機械が持つ「回転慣性(慣性力)」によって周波数の乱れを抑え、ガバナ機能で需給バランスの変化に対応し、電圧の安定化に必要な無効電力(VAR)を十分に供給するという、送電網全体の運用を支える極めて重要な基盤機能を担ってきました。
これに対し、再エネと蓄電池だけで長梅雨のような低日照期まで含めて大規模な安定電源を賄うと、前提次第では電力コストが10〜20倍に膨らむとの試算も紹介しています。つまり、必要な系統安定機能を電源ごとに一律に求めるのではなく、電力インフラ全体のコストを最小化する設計が必要だと訴えているのです。
このような観点から、今後のエネルギー政策における経済性評価は、単に発電所単体での「発電単価」の安さだけで比較すべきではないと強調されています。供給途絶や価格急変のリスク、脱炭素化のための追加投資、さらには電力系統全体の安定化に伴う需要家側の実質的な負担を含めた、「社会全体の総コスト最小化」の視点に立つべきだという主張です。
電力システムを一つの巨大な複合体(System of Systems)として捉え、原子力立地の制約や再エネの用地制約、ガスインフラとの連携などを踏まえた、電源・系統配置の定量的な最適化を制度として継続的に更新していくべきだという提案がなされています。特定のクリーンエネルギーか大規模電源かという二項対立ではなく、それぞれの強みを持ち寄って全体のバランスを保つ「電源ミックスのオーケストラ」のような調和こそが、日本型のインフラ防衛策と言えます。
AIが社会のあり方を根本から変える時代、日本の産業成長を支えるのは、表舞台で注目を集める最先端の半導体チップだけではありません。蛇口をひねれば当たり前のように流れてくる「安価で安定した電力供給」という、普段は目に見えにくい、しかし最も強固でなければならない社会インフラの存在意義が今、改めて問われています。経済同友会の意見書は、単に原発の推進を声高に叫ぶものではなく、目前に迫るデジタル社会の膨大な需要を前に、私たちがエネルギー政策を冷徹かつ極めて現実的な視点で見つめ直すための、重要な羅針盤を示したものと言えるでしょう。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)













