日銀は何をデジタル化しようとしているのか CBDC報告書に映る次世代決済構想

2026年06月05日 06:34

日銀7

日本銀行が公表したCBDC(中央銀行デジタル通貨)に関する最新報告書では、デジタル円の発行可否を超え、AI時代を見据えた次世代決済インフラの設計が議論されています。写真は日本銀行本店。

今回のニュースのポイント

日本銀行が公表した中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する最新報告書(ファイル名:dig260604b.pdf)から、決済インフラの将来像を見据えた次世代決済構想の動向が示されました。日銀はCBDCのパイロット実験を2027年度まで継続する計画で、実験用システムの構築・検証と、民間企業64社が参加する「CBDCフォーラム」での検討を並行して進めています。性能評価試験では社会実装を想定した一定の高負荷処理能力が確認されたほか、議論の焦点は単なる「デジタル円」の発行可否を超え、AI時代のマイクロペイメントや民間マネーとの水平的共存を可能にする決済基盤の設計へと広がりをみせています。

本文
 日本銀行が公表した中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する最新報告書(ファイル名:dig260604b.pdf)から、単なる「デジタル円」の実験という領域を超え、将来的な社会インフラとしての決済システムを見据えた次世代の構想が示されています。報告書では決済システムの具体的な性能検証や民間決済サービスとの連携手法に加え、技術革新を見据えた決済基盤のあり方などが多角的に議論されています。日銀は現時点でCBDCの発行を決定していませんが、その検討内容からは既存の決済インフラの再設計を念頭に置いた緻密な議論がうかがえます。

 日本銀行はCBDCのパイロット実験を2027年度まで継続する計画で、実験用システムの構築・検証と、64社が参加する「CBDCフォーラム」での議論を並行して進める全体スケジュールを示しています。このフォーラムには64社が参加しており、各ワーキンググループ(WG)への参加を合計した延べ参加企業数は163社に達しています。これらは外部インフラとの接続、追加サービスとエコシステム、KYCとユーザー認証、新たなテクノロジー、ユーザーデバイスとUI/UX、他の決済手段との水平的共存、基本機能の事務フローという7つのWGに分かれて詳細な机上検討を行っています。

 実験用システムの検証では、オンライン決済を前提とした場合、現時点で技術的な観点から致命的で解決できない要因(ノックアウトファクター)は見つかっていないとまとめられています。性能評価では、同一口座集中試験において1口座あたり毎秒6,000件(6,000TPS)の処理能力を確認したほか、混合業務負荷試験では社会実装を想定した事務量の10分の1に相当する5万取引/秒(更新処理1万取引/秒+残高照会4万取引/秒)の処理を行い、概ね3秒以内で処理を完了できることが確認されています。こうした検証を経て、瞬間的な負荷集中(スパイク)を軽減するための流量制御や、レコード分割による性能向上といった具体的なシステムアーキテクチャ設計に議論の焦点が置かれています。

 また、報告書では既存の民間決済手段や現金との「水平的共存」を前提とした設計思想が明確に示されています。フォーラムのWG6「他の決済手段との水平的共存」では、現金や銀行預金、民間デジタルマネーを無理に置き換えるのではなく、相互運用性をいかに確保するかが議論の主軸となっています。個人間送金や店舗支払いの場面ごとに、直接交換型や仲介型などのパターンを整理し、相互接続を進めるためのAPI連携や接続インターフェースの標準化といった論点が提示されています。

 今回の資料で注目されるのが、AI(人工知能)などの新技術の発展に伴う将来の決済環境の変化への布石です。報告書では、技術発展によって高速かつ大量の「マイクロペイメント(超少額決済)」が発生する可能性が指摘されています。これまでの人間が意思決定してボタンを押す決済スタイルから、将来的にマシンやAIが自律的にサービスを選択し、契約や決済を高速で実行する世界を視野に入れたとき、高頻度処理に耐えうるインフラの制御設計が不可欠になるという、こうした将来像を見据えた問題意識が検証の背景にあるとみられます。

 さらに、報告書後半では「トークン化マネー」に関する議論が整理されています。証券や債券、不動産などの資産のトークン化が進展する一方、決済手段であるマネーのトークン化は十分に進んでおらず、デジタル資産とマネーのシームレスな連携設計が課題であると分析されています。このため、トークン化預金やステーブルコイン、トークン化された中央銀行マネー(ホールセールCBDC)を組み合わせた新たな決済層の構築について、国内外の動向をにらみながら検討が進められています。

 世界のCBDC動向をみても、アプローチの多様化が進んでいます。米国のように一般利用型CBDCには慎重な姿勢を示しつつ広範な決済システムの調査へシフトする国もあれば、デジタルユーロの準備フェーズを終えて実取引パイロット実験を計画する欧州や、2026年下期に方向性判断を予定する英国、さらにはトークン化預金とホールセールCBDCを組み合わせた実証実験を進める韓国などの事例が網羅されています。各国で取り組みの方向性は異なりますが、共通しているのは「単にデジタル通貨を発行できるか」ではなく、次世代の社会インフラとしての決済基盤をいかに設計するかというマクロな問題意識です。

 このように、日銀の検討項目は金融政策の枠を超え、高度なネットワーク設計や認証基盤の構築、民間決済サービスとの接続といった社会インフラ整備の議論へと広がりをみせています。CBDCという言葉からは「デジタル円」が連想されやすいものの、今回の報告書から浮かび上がるのは、AIやデジタル資産が普及する時代に対応した次世代決済ネットワークの設計という長期的な課題です。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)