今回のニュースのポイント
日本銀行決済機構局は2026年6月、中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する実証実験「パイロット実験の進捗報告書」を公表しました。今回の報告書では、全国民の日常利用に耐えうる高負荷環境を想定した性能試験の結果や、既存の民間決済手段・銀行預金との水平的共存に向けた机上検討、民間事業者との議論の状況が多角的に取りまとめられています。実証実験では技術的な「ノックアウトファクター(致命的で解決困難な要因)」は確認されず、性能検証から既存決済との接続や制度設計を含む広範な論点整理へと範囲を広げています。
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日本銀行は、2020年10月に決定した取り組み方針に基づき、2023年4月から民間事業者の技術や知見を反映させることを目的としたCBDCの「パイロット実験」を進めており、このほどこれまでの進捗状況を公表しました。この実験は、中央システムから仲介機関システム、エンドポイントデバイスまでを一体的に実装した実験用システムによる技術的検証と、金融機関やスタートアップ企業など計64社が参加する「CBDCフォーラム」での議論の2本の柱から構成されています。日銀は、今回の報告についてあくまで「技術的・運用的な実現可能性の確認」を目的としたシステム構築や机上検討の結果であり、現時点で社会実装時における具体的な設計を確定するものではないことを予め明確にしています。
報告書において最も注目されるのは、CBDCが将来的に全国規模で一般利用されるケースを想定した高負荷環境下での性能評価結果です。社会実装時の相当高水準な事務量として、更新系取引100,000TPSと参照系取引400,000TPSを合わせた計500,000TPSの処理負荷を一旦想定し、拡張性のフィージビリティについてインフラ全体の観点から検討が行われました。
検証の結果、同一の口座や店舗に処理が集中してデータベースがロックされる現象に対してはレコード分割と呼ばれる並列処理向上策が有効に機能することを確認したほか、サーバーや回線のスケールアウトにより対応が可能であるとし、現時点で処理能力拡張に関する技術面でのノックアウトファクター(致命的で解決できない要因)は確認されなかったと明記されました。
また、一時的な処理の急増(処理スパイク)への配慮や、取引履歴を用いた累計制限判定がシステム負荷に与える影響を検証し、相当高水準の事務量に対応可能とするための性能設計上の考え方を整理しています。さらに、データセンターレベルの機能停止を想定した障害停止試験でも、バックアップサイトへの切り替えや不整合データの復旧手順を机上検討し、冗長構成やレジリエンスの確保に向けた運用上の課題を整理しています。技術的な起因によってデジタル円の実現が不可能であるとする根拠は現時点で見当たらないことが示されました。
日銀が提示するCBDCの制度・システム設計は、既存の民間決済サービスや銀行預金を置き換えるのではなく、それらと「水平的に共存」し、補完し合う関係性を大前提としています。具体的には、ユーザーがCBDCを利用する際の接点となる「ウォレット」の提供や身元確認(KYC)、当人認証などのフロントサービスは、すべて仲介機関である金融機関や決済事業者が担う垂直的な役割分担が想定されています。
フォーラムでの議論では、CBDCが銀行預金や資金移動業マネーなどと円滑に交換できる交換容易性の確保が重要視されており、既存の勘定系システムや民間決済インフラネットワークとのインターフェース、接続方式のあり方が検証項目に含まれています。CBDCは民間キャッシュレスを駆逐する存在ではなく、むしろ各決済手段間の垣根を低減させ、キャッシュレス市場全体の拡大やブリッジ(中継)機能をサポートする協調領域のインフラとして設計が進められています。
一方で、今回の進捗報告書はデジタル円の社会実装や発行に向けた方針を決定づけるものではないという事実について、日銀は極めて慎重なトーンを維持しています。本文内には「現時点で社会実装時における設計を確定するものではない」と明確に記されており、わが国でCBDCを発行するかどうかは今後の国民的議論のなかで決定されるべき事案であると再三にわたり強調されています。
性能検証においては致命的な技術障壁がないことが確認されたものの、システムを実用化するためには膨大なサーバー・ネットワークリソースを必要とするためリソース効率化の検討が不可欠であるほか、法制度、個人情報保護、不正利用を防止するためのKYC(顧客確認)の水準、誤検知時の責任分界といったマクロな社会論点が山積しており、これらは今後の広範な合意形成を待つ必要があります。
今回の進捗報告に合わせ、日銀はこれまでリテール決済のテーマ毎に設置していた7つのワーキンググループ(WG)を、2026年度より「CBDCアーキテクチャー」「新たなテクノロジー」「CBDCエコシステム」に関する3つのディスカッショングループ(DG)へ再編・統合することを発表しました。フォーラム内では、スマートフォンを保有しない層へのユニバーサルアクセスを担保するカード型デバイスのあり方や、オフライン環境下での利用を想定したデバイス間決済方式、API連携による追加サービスの持続可能性など、多角的なユースケースや将来的な運用体制について多面的な実務議論が進められています。
日本の決済インフラ全体を視野に入れた検討は、性能検証に加え、制度設計や運用体制を含む実務的な論点へと議論の範囲を広げていることが今回の報告書から読み取れます。(編集担当:エコノミックニュース編集部/Editorial Desk: Economic News Japan)













